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□愛してる
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この温もりだけは真実だと思いたい。

【愛してる】

「…なぁ」
少し掠れた声で、背中合わせで寝ている元就に声をかける。
「何だ」
気怠そうに、背を向けたまま元親に返す。何となく気まずい空気が流れる。
「…いや、何でもねぇ」
─なら話し掛けるな。そう言いたいところだが。

─分かっている。
分かっているから─

「…元就?」
己のそれより逞しく大きい背中。そっと寄り添って、抱き締める。互いの温もりが薄い夜着越しに伝わってくる。
元親は元就と向き合った。銀の髪に、瞼に、頬に。ゆっくり口付けを落としてゆく。元就の腕に力がこもってくる。

愛してる。そんな言葉ももう云えない。その代わりにきつく強く抱き、唇を重ねた。

この優しさが恋の終わりを告げるものだと、二人は知っていた。

それでも。
今はこの温もりを感じていたい。二人最後の夜が明けるまで。もう少し、もう少しだけ。


─数日後。
長曾我部軍は瀬戸内海上にいた。
「野郎ども!準備はいいか!?」
野太い男達の歓声が響き渡る。
「狙うのは総大将、毛利元就の首だ。毛利軍は強ぇぞ…お前ら、生きて戻るって誓いを忘れんなよ!!」
そう言って元親は船の舳先に立つ。毛利軍の船団が近
付いて来る。
彼か己の死で全て終わる。この恋も、何もかも全て。

それでも。
どちらか生き延びた方が、時々思い出せばいい。

最後の夜の互いの温もりを─


全てが偽りになっても、それだけが真実だから。


《完》
 

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