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□天泣
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見上げれば蒼い空。
それはきらきらと銀色に輝いて、この躯に降り注いだ。

【天泣】

鬱蒼と生い茂った森を、《影》は疾風の如く駆け抜ける。《影》は音もたてず、またその顔からは一片の感情すら窺えない。

そう。
何一つ、持たない。

森を抜けると、草原が広がった。《影》は用心深く辺りを見回し、かと思えば急にざかざかと音をたて草を分け入って進んだ。

『あ、いたいた』
『…佐助!』
まだ幼さの残る青年にそう呼ばれた《影》は、初めて人間らしい表情を見せた。
『もー、捜したんだから。お館様がお呼びですよ』
『…承知』

佐助は己の主たる青年、真田幸村の小さな異変に気付く。 『─って旦那、どしたのその傷』
見れば、脇腹や顔に紅い筋が出来、あちこちに泥や草が付いている。
『…いや、何でもない。行くぞ佐助』
幸村は目を逸らし、立ち上がろうとする。

『何でもない訳ないでしょ─っと!』
言うが早いか、手にした手裏剣を木の上に向かって放つ。くぐもった呻き声とともに、忍装束を纏った男がどさりと枝から落下した。
佐助は歩み寄り、男の持ち物を確かめる。何やら文のようなものを見つけたらしく、内容を確認している。

『旦那ぁ、俺様の
目を誤魔化せる訳ないでしょ』
先程の文を幸村に差し出す。目を通した幸村の表情が硬くなる。
『どこの使いかわかんないけど、旦那の命を狙ってたみたいだな』
幸村は黙ったまま先の文─真田幸村暗殺の密書を握り潰した。
『佐助。俺は恥ずかしい』
『はい?』
『命を奪いに来た敵に翻弄され、みすみす逃してしまった。これが武田軍の力などと思われては、この幸村一生の不覚!お館様に合わせる顔がない!!』
肩を震わせ、幸村は悲しげに呟く。
『…お主がいないと何も出来ぬのか…』
その瞬間、佐助は幸村をひょいと抱き上げた。互いの顔が近くなる。

『!?佐助!降ろせ!』『着いたら降ろしてあげますよ』
足挫いてるんだから、と幸村を抱えたまま歩く佐助。
『こ、これでは女子のようで恥ずかしい…』
最後のほうは聞き取れないほどの声で呟く。その顔は限り無く紅い。
仕方ないなぁ、と笑いながら佐助は一度幸村を降ろし、背を向けて掴まるように促す。幸村は大人しく背負われた。
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