「…何してるの?」
普段、台所に入る事すら滅多にない彼がそこで何やら作業をしていた。
辺りには甘い匂いが漂っている。
「カルメ焼き作ってんだ」
「カルメ焼き?」
聞き馴染みのない言葉に興味を引かれ、私は彼の側に近付いた。
丼ものを作る際に使う鍋に入った茶色い液体を割りばしで混ぜている。
「…それ、食べ物なの?」
「食べ物だよ。これであと重曹を入れて…」
そこに用意していた濡れたタオルに鍋を移して重曹を入れるとそれは固まった。
「出来たぜ。食ってみろよ」
不思議なそれを口に入れてみる。
カラメルのようなほろ苦さと甘さが口の中に広がる。
「…変わったお菓子ね」
「昔、母さんに作って貰ってさ。ふいに食べたくなるんだよ」
「ふ〜ん。貴方でもお菓子なんて作るのね」
「食べたくはなるけど、自分で作ったのは初めてだぜ?」
自分で作ったカルメ焼きを口に入れて満足げな彼。
「お前に食わせてやろうと思ってな」
「私に?」
何故、急に彼は私に食べさせようと思ったのだろう。
「だって今日はホワイトデーだろ?」
「ホワイトデー?」
確かに今日は3月14日。
「…私、バレンタインに何かしたかしら?」
行事というものに興味のない私達だから、バレンタインだって私は何もしなかった。
彼も望んでないと思っていたから。
「貰ってないし、くれとも言わねぇけど、なんとなくお前に何か作ってやりたくてさ、でも俺、不器用だから手作りでって言ったらこれしか思い付かなかった」
所謂、恋人という関係になって長いが彼から手作りのお菓子を貰うなんて思わなかった。
「たまには、愛情をこういった物で表してもいいだろ?」
ニカッと笑ってお箸でつまんだカルメ焼きを私に差し出す彼。
私は少し恥ずかしく思いながらも口に入れた。
「…甘い」
「そりゃ俺の気持ちがたっぷり入ってるからな」
なんか悔しいけど、嬉しいと思ってしまった自分がいた。
「…来年はバレンタイン…何か作るわ」
「おぅ。待ってるよ。そしたらホワイトデーに、カルメ焼き作ってやるからさ」
「何を言ってるの?バレンタインのお返しは三倍返しって決まってるのよ?」
「だから愛情三倍…いや五倍増しで…」
「慎んでお断りするわ」
たまには甘い香りに包まれて普通の恋人達のように過ごすのも悪くない。
たまにじゃなきゃ、胸焼けしちゃうけどね。
「ちょっと、片付けもちゃんとしといてよね?」
「…解ってるよ」
簡単なお菓子づくりのハズなのに異様に散らかった台所に、甘い雰囲気は一気に消え去った。
end
※カルメ焼きの作り方はあまり詳しく無いため、間違ってるかもしれません(-_-;)
ご了承下さい。