拍手文2
□夏の夜に縮む距離
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それはとある夏の夜の出来事。
『夏の夜に縮む距離』
(………遅くなったなぁ……もう寝なきゃ…………)
今日は急な来客があり、慌ただしくおもてなしをしたせいで炊事場の掃除や片付けが後回しになってしまった。
そのせいでいつもより床に就くのが遅くなった私は暗い廊下を1人、部屋に向かって歩いていた。
(暗くてよく見えない…………)
この廊下は月の光があたらない側なので、行く手はあまりよく見えない。
月の光が強い日は足元もうっすら見えるが、今日は月が雲に覆われているせいでいつもより暗く、足元はほぼ見えない状態。
こんなに暗いとは思っていなかったので、蝋燭はつけてこなかった。
その浅はかな考えに少し後悔しながら、私は壁に手を添えて壁づたいに部屋へ向かう。
(通り慣れた道のりでも、こう暗いと怖い………)
やけに長く感じる廊下の曲がり角を右に入った時、
(…………ッ……!)
足首に――――――何かが触れた。
一瞬、全身が小さく跳ね、心臓の鼓動が急激に速くなり、思わず立ち止まってしまった。
本か何かが落ちていただけだ、と言い聞かせながら恐る恐る視線を足元に向ける。良からぬ雰囲気を感じながらも、人間には「怖い物見たさ」という感情があるのだ。
「……………え………?」
視線の先、足元にあったのは…
――――――白い、手。
暗くて見えないはずなのに、何故かこの手だけは鮮明に、はっきりと見えた。
こんな時だけ感覚が研ぎ澄まされるなんて、そんな現象は不必要だ、と思っても意味は無い。
「………………ッ、ぁ」
早くこの場から立ち去ろう、と思った時。
「…………う……う゛、ぅ……」
低いうめき声と共に、触れていただけの手がぴくりと動き、私の足首を掴もうとしてきたではないか。
「〜〜〜〜〜ッ○×÷△#%☆※*◇¥□!!
ッ、ぃあ゛ぁぁぁぁッ!!」
背筋に悪寒が走り、一瞬だが確実に呼吸が止まった。
そして直後に口から出てきたのは声として成り立っていないような奇声だった。
しかし脳と筋肉の連動は思いの外速く、この場から逃げないと、と思うと同時に足は走り出していた。
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