純情

□Active Engagement
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文字通り山の様な責務に加え、運動不足の体を酷使したせいで流石に疲れ果てたのか、隣で大人しく眠っている龍一郎様の頭を撫でてみる。

「あ……さ、ひな…」

寝言で名前を呼ばれ、思わず硬直する。このまま傍にいては、いつどんなきっかけで理性がとんでしまうか分からない。

(少し外に云って、頭を冷やした方がいいかも知れませんね)

しかし本当に、今の龍一郎様は仕事をしている時からでは、想像もつかない程可愛らしい。
幸せそうな笑みを浮かべながら眠っているのは、それ相応の夢を見ているからだろう。

「ん……ぅ…」

(流石に寝込みを襲うのは、恋人以前に人として問題がありますからしませんが)

リビングにでも行って冷静になろうと、眠る龍一郎様の肩口まで布団をかけ直したが、まだ少し肌寒いのか小さなくしゃみを一つしてもぞもぞと擦り寄って来た。

「――…っ」

(本当に、無自覚は罪ですよ)

こんなにも苦労して理性を保っていると云うのに、当の本人には全く気にする様子がない。

「はぁ……」

小さく溜息をつくと、龍一郎様は幼子の様に眉根を寄せ、暫く瞬きを繰り返してからやがてゆっくりと力無く体を起き上がらせた。

「〜〜〜っ!!


次の瞬間、声にならない悲鳴をあげながら再びベッドへと突っ伏した龍一郎様は、腰に手を当てながら恨めしそうに口を開いた。

「オイ朝比奈……少しは手加減しろよ…」

「すみませんでした。龍一郎様があまりにも可愛らしかったので、つい」

「『つい』じゃねーよっ!……つーかお前さ、全然謝る気ねーだろ」

「断じて、そのような事はありません」

「嘘つけ」

ベッドに体を預けたまま、上目遣い気味に視線だけをよこす龍一郎様が不服そうに呟くが、決して嘘はついていない。
寝込みを襲いかけた事に関しては、万が一にでもバレてしまったら白を切るつもりは無いし、それ以前の問題として、龍一郎様がご自分の魅力を理解していないのがいけないのだ。

(責任転嫁と云ってしまえば、それまでですが)

「あ。そう云えば明日」

「? どうされました?」

急に唇を開いた龍一郎様に、疑問の声を投げ掛ける。
居心地が悪いのか、顔を背けてベッドの上で小さくなる龍一郎様が視覚に映った。

「早く帰れるよーに、仕事頑張るから…その……」

「……龍一郎様…」

シーツを握りしめる手は、きっと羞恥を堪えているのだろう。否応なしに数ヶ月前の会話が思い出さ
れる。


『誕生日には、お前が欲しいモノをやるよ。何がいい?何でもいいぞ?』

『何でも……ですか?』

『あ、でも“火星”とか“手の掛からない龍一郎様”とかはダメだからな?』

『じゃあ私は、龍一郎様が欲しいです』

『は?だから…』

『正確に云えば、“積極的”な龍一郎様を戴きたいですね』

『せ…っ?!』

『約束ですよ?』

『う゛……分かった』


まさか覚えていて下さったとは思いもしなかった。
そして、その約束のために『仕事を頑張る』と云う龍一郎様がとても健気で、愛おしく感じられる。と同時に、得体の知れない底知れぬ恐怖が電流の様に背筋を走り抜けていった。
何故か嫌な予感がする。

「仕事をして戴けるのは嬉しい限りですが、あまり御無理はなさらない様にして下さい」

「云われなくても分かってるっつーの。無理してまで仕事なんてしたくねーよ」

「ならいいのですが……」

ここ最近の龍一郎様はどうも様子がおかしい。
普段なら、寝付いたらなかなか起きないくせに夜中に起き出している気配がするし、私と話すときもどこか余所余所しい気がする。その上、今まで嫌がって放置しかけていた仕事も遣っているのだから、訝しく思
わない方がおかしいと云うものだ。

(今度は何を企んでいらっしゃるのでしょう)

昔から龍一郎様は悪戯や悪ふざけがお好きだった。そのためなら、どんな犠牲も厭わない。それは、三十路を越えた今でも変わらないらしい。

(龍一郎様のせいで、私がどれだけ旦那様や他の方達に謝らせられた事か)

旦那様の呆れとも同情ともとれる複雑な表情を、今でも鮮明に思い出す事が出来る。

「明日はホントに頑張って仕事終わらせるから、適当なところで帰ろーな」

「そうですね」

無邪気に笑う龍一郎様の声に、苦い思い出を振り払おうと、慣れない笑顔を浮かべる。
すると、『気持ち悪い』と苦情が出てしまった。

「……それでは、早めに帰れるように私もスケジュールを調整して参りますので、龍一郎様はお先に眠っていて下さい」
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