初恋

□「攻め落とされたツンデレ君からのお言葉」 5題
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《別に嬉しくなんかねぇ》



「ただいま」

校了明け程に楽しみな帰宅はない。明かりのついた家には、愛娘と愛妻が仲良く料理を作っているのだろう。
しかして扉を開けると案の定

「おかえり、パパっ」

「…………早かったな」

元気な声と、素っ気ない声。
しかしその後者の声の主は良い香りをリビングに漂わせる張本人で。

「横澤、今日の晩飯何?」

キッチンに立つ恋人の肩に顎を預けて耳元で囁く様に尋ねる。
すると、スープの味見をした彼は相変わらず眉根を寄せながら

「薬膳料理」

短く一言。
しかしそんな返事の中に見え隠れする優しさに思わず頬を緩めて。

「それは、校了明けで俺が疲れてるからか?」

俺の躰を気遣ってくれるなんてやっぱりお前良い嫁だな。

つと耳元で囁いた瞬間。
眉根を寄せていた横澤の頬が一気に朱く染まり、それを隠す様に更に眉間には皺が刻まれた。
折角の可愛い顔が台なしだ、と告げると包丁を持った儘の手を震わせて。
一歩間違えればヤンデレに成りかねない。しかし刺されては敵わない。悪かったと謝罪を述べるとリビングから

「パパー?お兄ちゃーん?ご飯並べたよー」

天使の一言。
我に返ったらしい横澤は
そっぽを向いて最後料理の仕上げに掛かる。
さて自分もリビングに向かおうかと足を向けると

「…………あんたが…」

「ん?」

ぽつりと、一言。
小首を傾げて続きを促す。

「……あんたが疲れて帰ってくると思って…だから、胃に優しいモンの方が、いいと…思って…」

「っ…」

可愛い。
可愛すぎる。
今すぐ抱きしめたい衝動をぐっと堪えて

「心配してくれてたのか?」

耳元で囁く。

「そんなんじゃねぇよ」

素っ気なく返されるが、その実耳まで真っ赤に染めている横澤はこうも可愛くて。
まさか丸川出版 営業の暴れ熊がこんなに可愛いだなんて、誰が信じるだろうか。
いや、俺だけが知っていれば充分か。
しかしてそっぽを向いた儘の横澤の顎を従えて軽く口付ける。
壁一枚隣の部屋には日和もいるため、配慮してやったんだから褒めてほしいくらいだ。
絶句する横澤から数粍だけ離れて

「俺、お前みたいな奴が恋人って幸せだな」

「…………んな事云われたって……別に嬉しくなんかねぇ」

真っ赤な儘睨みながら返され、思わず口元が緩む。





本当に俺の恋人は可愛くて





──…素直じゃないやつだ
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