短編

□悪くはないかもしれない
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今日は散々な一日だった。

父親の不倫現場を目撃した。
母親がパチンコ店に入り浸っているのはいつものことだけど。
そして、兄が援交の相手をしていると知った。

コンビニでも行こうと、携帯と財布をポケットに突っ込んで、誰もいない家を出た。
ふらふら歩いていると、声をかけられた。


「ねぇねぇ、今1人?」
「こんなトコいたら危ないよ?」
「俺らが家まで送って行ってあげようか」


あぁなるほど。これが所謂ナンパってやつか。

1人納得していると、男が少し声のボリュームをあげた。

口を動かすことさえも面倒だった私は相手の言葉をスルーした。
そんな私にイラついたようで、さらに声を荒げた。
五月蝿いなぁ、なんて思いながら逃げ出そうとしたとき。


「こっちでーす!!」


パトカーのサイレンと共に、大きな声が響き渡った。


「げっ……やべ!」


男たち全員走り出し、暗闇からあらわれたのは、携帯を手にしたクラスメイト。


「ちょろいなぁ。こんな音でビビるなんて」


私は何も言わずに、クラスメイト―黒木庄左ヱ門を見上げた。


「や、名無しさん」


ひらと片手を挙げて挨拶してくる黒木を無視して踵を返そうとした。


「プレゼント、どうだった?」


プレゼント。

それは、兄が援交の相手をしている写真。
写真の裏には、ご丁寧に名前が書かれていた。


「絶望とか反応してくれると思ったんだけどなあ」
「どうでもいいから」
「へぇ…。俺ね、ほしいものはどんな手を使っても手に入れるんだ」


黒木は、私の肩を掴むと、その形のいい唇で私の口を塞いだ。
逃げることもできただろう。
でも、それをしなかったのは、別に悪くないとか思ったから。


「んっ……ふ、ぅ…」
「うん、やっぱ可愛い。ねぇ、俺と付き合って?」


無意識かどうかは自分でも分からなかったけど、私はこくんと頷いた。




「さん、愛してる」




悪くはない
かもしれない

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