treasure
□甘い言葉を
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好きとか、愛してるとか
“言葉”だけがそれを表すものじゃないって、私はちゃんと知ってる。
でもね
たまには甘い言葉も欲しくなるの…―
―…
「あーもう、また失敗しちゃったわ…」
私はオーブンの中を覗きながら、もう何日間か続く溜息を再び吐いた。
使い慣れたミトンの鍋つかみを手にはめると、溜息の原因をオーブンから引き出す。
そこにはぺしゃんこで形は悪いし、表面が焦げてしまっているスポンジがあった。
「何がいけないのかしら…。ちゃんと分量は量ったのに…」
私はロッテおばさんに教えてもらったレシピを確認する。
お砂糖の分量もあってるし、作り方の手順も間違っていない。
「おかしいわね…」
私は小首を傾げると、しおしおのスポンジを見つめた。
私は最近、新たにマウルヴルフトルテというお菓子に挑戦している。
マウルヴルフトルテは、丸いスポンジの端を残して、中心を半分くらいの高さまでくり抜いて、中に生クリームやフルーツを盛る。
そしてその上にさらに生クリームを塗って、くり抜いたスポンジを粉々にしたものを上にかけて完成。
そんなに難しくないわよ、っておばさん言ってたのに…。
私はしょんぼりした気持ちでスポンジをお皿に載せる。
「どうしたらいいのかしら…」
はあっと、本日二度目の溜息を吐きだしたとき、キッチンに誰かが入ってきた。
…誰か、なんて一人しかいないからすぐわかるけど。
「まったく、お前はまた失敗したのか?今日で何度目だよ」
「ルートヴィッヒ…」
キッチンに入ってきた人物に目を向けると、呆れた様子のルートヴィッヒが立っていた。
ルートヴィッヒは私の傍に来ると、お皿に載った無残なスポンジに目を落とす。
焦げた部分に気が付くと、顔を引きつらせた。
「……う、今日はさらにひどいな」
「ひっどーい!これでも一生懸命作ったんだからね!」
もう!私がどれほど努力してると思ってるのよ!
私が唇を尖らせると、ルートヴィッヒはまいったというように両手を上げて見せる。
「はいはい、悪かったよ。でも、何でスポンジが膨らまないんだ?レシピ通り作ってるんだろう?」
「ええ、分量も作り方もちゃんとやったわ。でも失敗しちゃうの…。どうしてかしら…?」
私がそう言うと、ルートヴィッヒは意地悪な笑みを浮かべて私を見た。
「ヘンリエッタが聞き間違えたんじゃないのか?ドジなお前なら十分あり得ると思うけど」
「なんですって!いくら私でも、そんな間違いしないわよ!」
「ドジっていう自覚がある分だけ、まだマシだな」
そう言ってルートヴィッヒはニヤリと笑った。
私は言い返す言葉がなくて、ちょっとルートヴィッヒを睨み付けてみる。
でもルートヴィッヒには全然効かないようで、彼は特に気にしたふうでもなく、しぼんだスポンジに手を伸ばした。