戦国見聞録

□漆 暗転
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さすがは歴史に名を刻んだだけはある、と織田信長と名乗った男を睨む。


既に腕も足もガクガクしている。


疲労と、圧にやられているのだ。


「……ふぅむ。これだけやられて、城から援護がないとは……」


さすがに気付くよな、と口元だけ笑う。


「城兵は忙しいんだ」


「援護がない……貴様、一体何を守っているのだ?」


ハッとしたように、浅井長政が言う。


「何って、真田のお城だ」


ぐぐっと気力だけで立ち上がる。


もう持たない。


冬木はちゃんと逃げただろうか。


……いや、それにしては城から火が上がっていない。


まだ逃げていないのか?何をしている?


それとも……不測の事態でも起こったか?


「義兄上、あれを!」


ギィ、と後ろで門が開く音がする。


「……冬木!?」


冬木が、ゆっくりと出てきた。


何をしている。何があった。どうして。


ふと、気付く。


今の冬木に、意識はない。


―――発作だ。


「冬木!!」


叫ぶ声は届かない。


冬木はゆっくりと右手を動かして、掌を向けて狙いを定める。

      ・・・・・・
そして―――空間を弾いた。










末っ子に超能力が備わっていると気付いたのは、産まれて間もないころ。


冬木は母さんの腕の中であやされながら、近くにあった缶コーヒーに興味を示した。


そろっと腕を伸ばし、缶に向けて手を握った途端、ぐしゃりと音を立てて缶が潰れた。


その後の母さんの研究でわかったことは、
冬木は無意識に力学の流れを計算し空間をどうこう……。

つまりは念動力を使えるということである。


発動条件は、冬木の意識がなくなること。

寝てる間という意味ではない。


ふとした時に、突然気を失う。

その時に発動するのだ。


天才の冬木はそれをわかっていたのか、自ら他者と関わることを拒んだ。


春香姉の気付け薬によって、
気を失いそうになっても強制的に意識を戻すくらいしか対策がない。


そして念動力は、冬木の意思に関わらず暴れる。


私たちはこれを発作と呼んでいた。






冬木が空間を弾いたことで、耐え切れなかった兵士が宙を舞う。


「ぬう!」


織田信長も怯む威力に、ゾッとした。


おそらく過去最高の出力だ。


私に影響が来なかったのは幸いだった。


「冬木!聞こえないのか、冬木!!」


必死に呼びかけるも、冬木に反応はない。


ハイライトのない瞳は、ぼんやりと遠くを見ていた。


「あれが……神の力か……。

 全兵士に告げる、あの者を捕らえよ!!」


「はっ!」


「待て!!」


浅井軍が冬木に向かって駆け出す。


駄目だ、追っても間に合わない。


「……さがれ」


冬木が言葉を発した。


明確な意思を持った言葉だ。


それと共に、動かなくなる兵士。


「あ?な、何だ、浮いて……」


「どうなってんだ!?」


兵士たちがふわふわと空へ浮かぶ。


そして―――ぐしゃりと音がして、潰された。


グロテスクな光景に、何人かが悲鳴をあげる。


「うわあああああああ!ば、化物!!」


「ひいっ!な、なんだ……あれが神なのか!?」


そんな中、織田信長はフハハハハハと笑う。


「……是非もなし!それでこそ神の力よ!」


「冬木!!うぐっ」


立てない。早く止めなきゃいけないのに。


冬木は引きこもりだ。

誰も傷つけたくないから引きこもった、優しくて臆病な子だ。


必要だからと人を傷つけることを割りきった私。

傷つけた人も傷つけられた人も平等に癒やそうとする姉さん。

人と人とが争わないように尽力する秋奈。

誰かを傷つけたりしないように、関わらないことを選び続けた冬木。


冬木が今の状況を知って、ダメージを負わないはずがない。


私なら割り切れた。攻撃してきた奴らが悪い。自業自得だと言えた。

姉さんならごめんなさいと謝って、せめてできることをと行動した。

秋奈なら切り替えられた。泣いてる暇があるなら笑えと振る舞えた。


冬木はダメだ。立ち直れない。


今、これをやったのは私と言い張ることは、ギリギリできる。

でもこれ以上は。


「……織田信長!神の力とやらが欲しいか!?

 なら私を連れて行け!




 制御不可能な兵器よりも、制御可能な兵器の方が使いやすいだろう!?」



交渉事は苦手だ。だけど力いっぱいそう叫んだ。


「これ以上城に手を出さないなら、私はおとなしく着いて行く。

 お察しの通り、私は城を守っていただけで、中には兵士も女中もいない。

 これ以上は無駄だろう」


信長はしばらく私を威圧し、口角を上げた。


「よかろう。娘よ、名は何という」


私も不敵に笑ってみせる。


「天城夏実。天城家の守り刀だ」


後ろで冬木が倒れる音がした。

よかった。あとはどこかで状況を見守っている忍隊の誰かが回収するだろう。

真田なら任せられる。


私は織田軍の兵士に捕らえられた。
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