長編
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「いや、危ないって、そりゃこっちのセリフだよ!どこ見て運転してんの!」
「いやいや、ちゃーんと前見て運転してたよ?見てたのにおじさん達がそこから動かないどころか俺の前に飛び出してくるのが悪いんでしょ。俺はちゃんと前見て運転してた、うんしてた、俺、常日頃から安全運転心がけてるから」
鼻をほじりながらそうのんびりとのたまうお兄さん。
生き残ったおじさん二人は、わなわなと拳を震わせている。
まあ連れが轢かれたって言うのに、あんな気の無い言い訳されたらそりゃ腹も立つわな。
そしてこれはまたとないチャンス!
「ふざけんな!どーしてくれんだよ兄貴伸びちまったじゃねーか!」
「おいおい轢いたのは悪かったけどよー伸びたのは俺のせいじゃなくて、軟弱な兄貴?とかいう奴の問題だろぉ」
「ててててめーコノヤロー!せめて救急車呼ぶとかさー!そういう善意ってもの持ち合わせてないわけ!?」
「善意ってお前…いたいけな女捕まえて真っ昼間から卑猥な事しようとしてたおじさん達に言われたくねーよ」
(今のうちに逃げてしまえ)
心の中でベストタイミングなお兄さんに感謝しながら、私はゆっくりおじさん達に背を向けた。
が、しかし。
背を向けた瞬間ガシリと、またまた腕を掴まれる感触。
あれ?
「逃げんじゃねぇ」
振り向くとそこには、お兄さんと言い争っているおじさんとは違う、もう一人のおじさんの髭面。
ぼそりとそう言われると同時に、これまた力強く腕を引かれた。もうやだ。
「ちょっ…」
「いやだなーお兄さん。この女はれっきとした…ほら…知り合いだって。ちょっと追いかけっこしてただけだって」
「追いかけっこ、ねぇ」
「え、ちが…」
「うるせぇ!」
「…っ」
追いかけっこなんてしてないです追われてるんです。
お兄さんにそう訴えたかったのに、おじさんに一喝されてそれ以上言葉を続けられなくなってしまった。
そんな私とおじさんのやりとりを見て、ちょっと眉間に皺を寄せたお兄さん。
もしかしたら、求めれば助けてもらえるかもしれないのに、おじさんの剣幕に耐えられず訴える事が出来ない。
「おい、もういいだろ。お前は兄貴を運べ」
「お、おう」
「今度は前見るだけじゃなくてちゃんと避けられるようにしなよ、お兄さん」
「じゃあなお兄さん」
「ほら、歩けッ」
お兄さんに別れを告げたおじさん達は、私と兄貴を連れてどこかへ向かい始めた。
ああ、もう終わりだ。
逃げる事を諦めて、私は引かれるまま足を動かす。
「ったく、なんだってんだ。兄貴生きてるか?」
「一応息はあるな。良かった」
「散々な一日だな…帰ったら一杯やるぞ」
「ああ。へへっこの女を肴にってのも良さそうだな」
もう、横で繰り広げられる会話に力も入らない。
これから自分に降り掛かるであろう悪夢に、視界が滲む。
こんな訳の分からない所で、何もかも訳の分からない状態で、私は犯されるのか。
絶望感に打ちのめされながら、ちらと後ろを振り返った。
最後の最後に、あの銀髪のお兄さんに助けを求めたくて。
(ん…?)
振り返った私の目に映ったのは、原付に乗り直すお兄さん。
私達とは反対側に向かっていたはずの原付は、既に此方を向いている。
原付に跨ったお兄さんと目が合う。
その時ニヤリと、彼が私に向かって悪戯に笑んだ気がした。
ブロロロロロロッ!
物凄いスピードで原付がこちらに向かって来る。
それはもう迷いなく真っ直ぐ、こちらに。
(え、ちょっと、まさか…)
ズシャアアアア!!
彼がしようとしてる事に感づいた時、既に私の腕を引っ張っていたおじさんは遥か遠くの地面に平伏していた。
そう、轢かれたのだ。
またあのお兄さんに。
「えええええええ!?」
残ったおじさんは、目を見開いて呆然とするばかり。
私も同じくポカンと、動かないおじさんを眺めた。
「よ、っと」
「…へ?わわっ」
おじさんとは違う大きな手で、原付の後ろに乗せられる。
そして頭に被せられるヘルメット。
目の前にお兄さんの広い背中が広がっている。
目まぐるしく事が起きて混乱する私は、ただただ流されるまま動いた。
「掴まってろよ」
「あ、お前!待っ…ぶべら!」
我に返って近付いてきたおじさんを無言で殴りつけ、お兄さんは当たり前のように原付を発進させた。
原付に乗せられてから暫く経ったけど、お兄さんは一言も発さない。
流れる景色とお兄さんの背中を眺めながら、助かったんだとじわじわと実感する。
それでも胸に広がる不安は消えなくて。
安堵と不安に、私はここに来て初めて涙を流した。