長編

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「…で?」

「………え?」


暫く流れる景色をボケーっと眺めていると、前から声がかかった。
一拍、いや三拍くらい遅れて間抜けに応えると、また同じようなのんびりとしたトーンで返される。


「お家どこよ。なんか勢い任せて突っ走っちゃったけど、よく考えたら俺あんたの家知らねぇし。ここら辺?え?思い出せない?じゃあおまわりさんとこ行く?あ、でも俺は税金泥棒達とはちょっと共演NGなんで、もう、あれでいい?この大通りなら安全だし、ここにあんた置いてくって事でいい?その方がいいよ、うん。見知らぬお兄さんに付いて行くなんて危ないし。何よりめんどくせぇし。俺が」

「いや、まだ何も言ってませんが」


てかめんどくさいって。
なんだこのお兄さん。
助けてくれたから優しいと思えば…。

もはやこのお兄さんに全てを委ねるつもりになっていた私は、若干ショックを受けつつもいつの間にか止まっていたバイクから降りようとはしなかった。
だって、まだ分からない。
このテーマパークみたいな景色が何なのか、ここは何処なのか。
もうジョークなのかそうでないのかも疑わしい。
だって、パークにしては、ここは生活感がありすぎる。

何かがおかしい。
それに気付いている自分と、信じたくない自分が脳内で葛藤する。
嫌な予感しかしない。
でもそれはあまりにも非現実的で、そんな考えまで浮かんでしまうくらい私は可笑しくなってしまったのかと、自身まで疑ってしまう。

ここは、ここは…。


「おーーーーい」

「!」

「お、生きてる」


いつの間にか、意識が飛んでいたようだ。
ぐるぐると巡る思考から覚めると、お兄さんが私を覗き込んでいた。
あ、お兄さんの瞳って紅いんだ。綺麗。


「…ここは、どこですか」


ぽつり。
お兄さんの顔を見たら、言葉が零れ落ちた。
口をついて出たのはシンプル且つ掴みどころの無い質問だった。
俯いていた顔を上げ縋るように訪ねた私を、キョトンとした顔で見つめ返したお兄さん。
やがて、彼は盛大な溜息を吐いて、訳の分からない事を私に告げた。


「どこって…おいおいマジで迷子?…ここはかぶき町の……ほら、ターミナル近くの大通りだよ。江戸の人間なら、どこら辺かくらい分かるだろ」

「ターミナル?えーっと…かぶきちょう…え?新宿の?」

「は?いやいやだから、江戸のかぶき町だって」

「え?えど?」

「江戸」

「日光江戸村?」

「は?」

「え?」

「え??」

「え???」

「「………」」


日本語が、通じない。


「いやいや、ちょ、江戸って…もういいですからパークの設定は。真面目に答えて下さい。自分のキャラとか、今はいいんで。人として答えて下さい」

「え、何ソレ。まるで今の俺が人間ですら無いみたいな言い方じゃん。人間だから!れっきとした一人間だから!人として誠実に答えてやってるから!」

「じゃあ江戸とかなんとかは無しで答えて下さいよ!ここは、何県?何市?何区!?」

「お前こそ何訳分かんねェ事ぬかしてんの?ここは日本の江戸だっつってんだろ、何べんも同じ事言わすな!」

「っ…」


やめて。
そんな、私のほうが可笑しいみたいな視線を寄越さないで。
そんな、嘘を吐く気なんか全く無い瞳で返さないで。
私が…私だけが間違ってる…?


「ここは…テーマパークなんじゃないの?」

「れっきとした町だけど。まぁ色んな奴らが居る分、ある意味テーマパークだけどよ」

「それ、衣装じゃないの?」

「おいおい俺の一張羅ってそんなにイカしてる?私服が衣装に見えるくらいイカしてる?」

「…あ、あれ……」

「ん…?………ああ」

「あれ…着ぐるみじゃないの…?」

「ま、モノホンだな。モノホンの、天人様様、えいりあん様様だ」

「……っ」


これは、夢?
ううん、夢にしては、このバクバク煩い心臓の音がリアルすぎる。
じゃあ本当に…?

ここは、江戸という所のかぶき町という町。
テーマパークじゃない。
人が暮らしている町。
着物は普段着で、衣装ではない。
町を普通に歩いている異様な着ぐるみは、着ぐるみじゃなくて本物…。


「お兄さん…」

「あ?」


一度そうだと確信を持ってしまえば、なんだか色々と合点がいった。
辻褄が合うだけで納得はしていないけれど、でもこんな時まだ自分が順応性のある人間で良かったと思う。
先程までぐるぐる回っていた脳内は、ピタリと動きを止めた。


「私、迷子です」


しかも、多分、異次元レベルの。


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