短編

□共にある未来
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5年――とても、とても長い時間だ。
歳を重ねるのはもちろんのこと、年月は時として人の本質だって変える。
わたしが、別の「わたし」になっていく。


「…もう、前の『わたし』じゃないよ」


あなたが好きだと言ってくれた髪の質感も、少し乾燥気味になったし。
カフェオレよりも、ブラックコーヒーを美味しいと感じるようになった。
最近は、まあ環境のせいもあって、あまり明るい色の着物を好まない。
フリルや柄物、結構持ってたのに。


「どんどん…変わっていっちゃうよ…」


スッと、あの人がよく足を投げ出していた大きな社長デスクを、指でなぞる。
埃が拭われて、一筋、私の指の軌跡が残った。

思い出が残りすぎたこの部屋を訪れるのも、随分と久しぶりだ。
ぐるりと辺りを見回すと、あの頃の「皆」があちこちで見えるよう。

坂田銀時が消えて、5年。
万事屋の新八君と神楽ちゃんはおろか、恋人だった私にすら言葉を残さず、彼は消えてしまった。
消息不明。
生死すら不明。
最初こそ希望は持っていたが、それもすぐに絶望に変わっていった。
いつまでも帰らない家主に、万事屋解散…。
みんなみんな、バラバラになっていく。
みんなみんな、頭のどこかにあの人の面影を浮かべて。


「ぎん、とき」


久しぶりに口にした名前は、随分と掠れていた。
言葉にした途端ギュウギュウと胸を締め付ける、何か。
苦しくて苦しくて、悲しくて、虚しくて…。


「っ…」


この大きな感情をぶつける宛てもなくて、埃が溜まった床に自分の涙が落ちる様をだた睨んで見詰めた。


「ぎんとき…銀時、銀時…銀時…っ」


ただ、会いたい。
会いたいよ。

どうして居なくなってしまったの?
どうして何も言ってくれなかったの?
私は、あなたの未来に必要なかった?
あなたが行く道が、私の未来なのに。


「ふえっ…う…」


5年の間に、変わってしまった私。
もし今戻ってきたら、あなたは私を見付けられる?
また、以前と変わらずに愛してくれますか?


「銀、時ぃ」


私は、ずっとずっとあなたを愛したままです。







ギシッ…。


「!!だ、だれ………っ!」


ふいに響いた床を踏みしめる音に振り向こうとした時、後ろからなにか大きなものに包み込まれた。
一瞬の間の後、人の体温が背中から伝わってくる。
同時に鼻を掠める、懐かしい香り。


「っ!?」


ギュゥゥゥッと、一際胸が締め付けられるのを感じた。

これは、この香りは…!


「う、そ…」

「………」


うそだ。
夢じゃない?
勘違いじゃ、ないよね?
だって、私が間違えるわけがない。
何度も私を包み込んでくれた彼の感触は、5年経とうが10年経とうが、何年経ったって私の体中に刻み込まれてるんだから。

背中から回った、見覚えのありすぎる逞しい腕に、そっと自分の震える手を添える。
そして浮かんだ、ただ一人の愛する男の名前を、今度は期待の入り混じった声で丁寧に口にした。


「…………銀時…?」


名前を呼ぶと、後ろから抱き締める腕の力が強まった。
ああ、この腕もこの感触もこの体温も…本当に?


「銀時、でしょ?」




「…名無し」

「っ!!」


もう、言葉はいらなかった。


「銀時!!」


溢れ出た涙でぐちゃぐちゃになった顔で振り向いて、今度はしっかりとその胸に飛び込む。
改めて抱き締めてくれた腕は、5年前と何も変わっていない。
恐る恐る顔を上げると、やっぱり以前と変わらない彼がそこにいた。
なぜか傷だらけだけど、私に優しく微笑みかけて頬の涙を拭ってくれる。
その少し乱暴な手つきも懐かしくて、せっかく拭ってくれた涙がまた溢れた。


「…悪かった、長ェ間一人にして。寂しい思い、させちまったな」

「ううん、ううん、いいの…銀時が、戻ってきてくれたなら、それで…っ」

「名無し…」

「おかえり、銀時…」

「っ」

「ずっと…言いたかった…っ」


しかし、彼は私の言葉に辛そうな顔をした。
何か堪えるように唇を噛み締めた後、銀時は私の肩に掛けていた手を力無く下ろす。

私は、その只ならない雰囲気に、言葉を噤んだ。


「…………」

「……ぎん」

「―――俺ァよ」

「!」


やがて、低く胸に響く声でぽつりぽつりと言葉が零れ出す。


「俺ァ…名無し、例えお前が俺を忘れようとよ…」

「………」

「俺は絶対ェお前を忘れない自信があるんだ」

「銀時…」

「名無しとくだらねェ事して笑い合った事も、小せェ事で口喧嘩した事も、全部全部俺の魂(ここ)に刻み込まれてっからよ」

「………」

「名無しと過ごした記憶は、俺から消えねェ。絶対だ」

「…ど、したの?」

「…名無しはどうだ?」

「!」

「何年経とうと何が起きようと…俺が、消えようと……俺を、忘れないでいてくれるか?」


そう、力強く言う銀時の眼は僅かに寂しさを含んでいた。

夜の闇を割って、月の光が私達を照らす。
一瞬の静寂は、私の声が裂いた。


「………なめないでよね…」


ぐいっと、自らの袖で目元の涙を拭う。


「この5年…本当に長かった。それでも、私が銀時を想わない日は無かったんだよ。何年だろうが何十年だろうが何百年だろうが、生まれ変わろうが…坂田銀時は、私の魂(ここ)に刻まれてる」


不思議と、心は穏やかに落ち着いていた。
不安そうな銀時に言葉をかければかけるほど、激しく揺れ動いていた気持ちがスッと波を引かせていく。


「しつこい、カレーの染みみたいにね」


やがて、ふっと銀時が柔らかく笑みを浮かべた。
かと思いきや、首の後ろを掻きつつ頬笑みを苦笑に変える。


「俺はカレーの染みかよ」


穏やかな時間は、そう長くは続かない。
銀時は、再度悲しげな色を瞳に宿した。


「そろそろ、時間だ」

「……ん」

「心配すんな」


私も、悲しい予感に顔を伏せると、大きな手のひらが優しく髪を撫でる。
逞しい腕が、力強く私を抱き締めた。
広がる銀時の香りを、胸一杯に吸い込む。


「また、すぐ帰ってくるさ」

「うん…」

「また、すぐ全部元通りになるさ」

「うん…っ」

「名無し」


呼ばれて顔を上げると、頬を手のひらで包まれ、唇に懐かしい温もりが落ちた。
優しすぎる口付けに、また涙が滲みそうになるのを堪える。


「………」

「……じゃあな」


もう一度ギュッと私を抱き締めると、名残惜しそうに銀時は私に背を向けて玄関へ向かった。

彼が何をしようとしているなんて分からない。
意味深に言葉を残して、どこに行こうとしているなんて分からない。
それでも、私は………。


「っ銀時!」

「………」





「…いってらっしゃい!!」


私は、あなたを待ち続ける。


「おー、いってくらァ」


だって、私達の未来は、いつでも共にあるから―――。






* * * * *

完結編で、銀さんが攘夷時代に自分を殺しに行く前をイメージ。



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