復活連載

□最近の暗殺部隊は日本語も喋れるらしい
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「どうぞ」

女はまるで組み込まれたプログラムに従うかのように言った。どうぞと言う割には、その声には受け取ってくれという痛切な願いが込められているように感じる。通勤帰りにはまだ早い今の時間帯、人通りはそう多くないのだろう、手に持った籠の中にはティッシュの山が半分以上見受けられた。

「おい、女」

するとボスは突然、胸倉に掴み掛からんばかりの勢いで女に近付いた。女は驚いたようではあったが、特に怖気付いた様子もなくすぐさま「Excuse me?」と切り返してきた。結構流暢に話す。こんなときにすみませんだなんて(語尾を上げていたから聞き返しただけかもしれないが、女の表情からして絶対にそれはないと思う)、この女はよっぽどの馬鹿か、そうでなければお人好しだ。突然やってきたオレたちが少なからず恐いだろうに、別に日本語で、それも大声でやめてくれと叫べばいいものを。ときどき傍を通り過ぎて行く通行人は誰しも一度オレたちを見るが、場合によっては絡まれているようにも見える女を助けようとする者はいない。女もまた、せっかく通り掛った彼らにティッシュを渡すことを忘れているようだった。暫くして、女はボスが嘲笑したのを見て「なんだ、アメリカさんじゃないのか」と肩を竦めた。口調がさっきと違ったのは独り言だからだろうか。今時の若い日本人が「アメリカさん」だなんてそんな呼び方をするのか知らないオレは、とりあえずボスを離れさせようとする。しかしボスはぐい、と逆に女に顔を近付けると、とても質問をしている風には思えない口調で言い放った。

「この辺で一泊一万ユーロ以上で泊まれるところはあるか」
「ああ、ヨーロッパの方だったんですか。生憎並盛にそんな高い宿はありませんよ。てゆうかすごい額ですね、ちょっとびっくりしたじゃないですか」
「ふざけんな。じゃあここらで一番金のある家を教えろ
「そんなの知ってても襲えられないですよ。それに私はふざけていません」
「う゛お゛おい!」
「ちょっと、ボスったら」

ボスの恐ろしい提案に気付いたオレとルッスーリアが、慌てて止めに入った。この辺一帯の豪家の家主をなぎ払って滞在場所をあやかろうなんて、とてもじゃないがオレはごめんだ。

「泊まる場所を探してるんですか?安いホテルなら駅の傍にありますけど」

女は恐らく駅であろう方角を指差したが、先程のユーロ額と「ボス」という言葉を思い出したのか、そういう訳にはいかないんですよね、とはにかんだ。なかなか話の分かる女らしい。オレはさっきの、よっぽどの馬鹿という言葉を取りやめてやることにした。

「もし良ければ、私の家に泊まりますか?」
「ああ?てめーんちだと?」

ボスがぴくりと右側の眉を持ち上げた。正気か、この女は。全く見ず知らずの男を家に泊めようというのか(やはり馬鹿なのだろうか)。それとも何か企んでいるのかもしれない。オレは頭の中でぐるぐる思考を廻らせていたが、結局はボスの顔色を窺って待つことにした。

「てめーの家はでかいのか」
「まさか。マンションに一人暮らしですよ」

女はけろりとしていた。そしてボスが怒り出す前に続ける。

「でもビジネスホテルで妥協出来ずに夜を迎えるよりは幾分ましかと」
「てめーのちんけな家で寝るのも同じだ」
「道で一夜を明かすよりはましですけど」
「・・・・・・」

最も私があなたたちを泊める義理なんてないんですけど、女はそう付け加えるのを忘れずに、たまたま通り掛った学生にまたティッシュを手渡していた。オレにはこのときはっきりと、言い合いの決着が付いたのが見えた気がした。ボスは何か思案している、というよりも眼前の女を無表情のまま見詰めている。オレもレウ゛ィもルッスーリアも。ベルとマーモンだけが、近くを飛んでいた蝶々を掴もうと躍起になっていた(その後蝶々はベルの手によって、可哀想なことになった)。

「仕方ねえな、暫くこいつの家を拠点にする」
「う゛お゛おい、まじかよ」
「しし、ナンセーンス。だけどボスがそう言うんならいいよ」



こうしてオレたちの簡易宿泊場所、もとい仮の拠点地は、ちんけな町の外れにあるちんけな馬鹿女(やっぱりあいつは馬鹿確定だ)のマンションの一室になった。正直若い女の一人暮らしにしてはそう狭くはない方で安心したが、大の男五人と赤ん坊一人が一緒に寝起きするには少々場所が足りない。それでもオレたちは、あのボスでさえ、この女の饒舌とあっけらかんとした態度に丸め込まれたようだった(そうしたところで女に得があるとは思えない。寧ろ損ではないのか?)。女が相変わらずさっきの表情のまま五等分にしたティッシュをオレたちに押し付けたとき、オレはジャッポーネの女は強いということを確信した。





(これ、お近付きの印です。貰ってくれますよね)(う゛お゛おい!こんなにたくさんいらねーぞぉ!)(配り終わるまで帰れませんから。じゃあ家へ行きましょうか)





(2008/2/3)
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