ファンタジー

□『生きる意味』
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 『生きる意味』

 黒いドラゴンが少年に炎を吹き出してきた。少年はそれを岩の陰に隠れてかわす。

 炎が岩をとかし入口から何キロも奥に何キロも深く進んだ洞窟の奥地に熱がこもる。
 岩が溶けきる前に少年は別の岩の影に飛び移った。

 ここは、今戦っている全長六メートルのドラゴンが暴れても大丈夫なほど広い空間。
もちろん洞窟なので、周りは土に囲まれており、大きな岩がゴロゴロ落ちている。
が、いつまでも岩の陰に隠れているだけじゃ、いずれは岩がすべて溶かされ、少年はやられるだろう。

 少年は腰にさげた剣の柄に手をかけた。そして、ドラゴンの炎の光を反射させる刃を抜き出す。

「いくぞっ、ドラゴンっ」

 十五に見える少年にしては深くりんとした声とともに少年は飛び出した。
短めに切りそろえられた黒い髪が後ろになびく。

「えいっ」

 少年が飛び出してもなを炎を吐き続けるドラゴンの首筋に剣が当たった。
 しかし、ドラゴンの硬い鱗がそれを弾き返す。
「ガァァァァ〜〜」

 だがそれは、ドラゴンを怒らせるには十分な攻撃だった。
雄叫びと共に大きなかぎづめの生えた前足を少年の動きを追って振り下げる。

「っ」

 間一髪のところで少年はそれをよけた。
しかし、かぎづめの先が肩をさすり、赤い線を描いく。

 ――さっさと終わらせよう。

 少年は肩の痛みを無視して、ドラゴンを振り返る。
ドラゴンは牙がズラッと並んだ口を大きく開け炎を吐こうとしていた。

「終わりだっ」

 その言葉と共に少年は飛び上がりドラゴンの無防備な口の中へ剣を狙う。
 ドラゴンが炎を吐くのが先か。少年が剣を突き刺すのが先か。
 ――が、

「(なぜ止まった?)」

 炎も血しぶきも現れず、代わりに二つの声が洞窟の中に響いた。
いや、一つの声は少年の頭の中に直接響いてきた。

「ドラゴン。お前はしゃべれるのか!?」
(人間どもがしゃべれるのだから、ドラゴンが話せて当然だろう。それより、小僧。俺の質問に答えろ。なぜ止まった?)
「ドラゴンの方が偉いのかよ。なぜ止まったかはこっちが聞きだい」
(そうだ、ドラゴンの方が偉い。だから小僧から理由を話せ)
 
 一人と一匹の間に沈黙が流れた。ドラゴンは口を閉じ少年は剣を納めて互いに睨み合う。
 外の世界から遮断された洞窟の中には互いの息の音しか聞こえない。

「わかった。話すよ」

 どれくらいだっただろう。少年が折れ声をかけた。

(そうか。では聞こう)

 一方、ドラゴンは少年が折れたことに茶化すことなく、その場に座る。
そして、鼻で手近な岩を指し少年に座れと合図した。

「僕は戦うために育てられた剣士なんだ」

 ドラゴンの仕草に甘えて岩に座ると少年は話し出す。柄から手を離し完全に無防備な状態で。

「国のために戦争で戦うために育てられた孤児なんだ。
だけど、一年前にその戦争が終わり、戦う必要が無くなった。
戦うことしかできない僕は途方にくれてさまよい歩いた。
そして、ここにドラゴンが住んでいると言う噂を聞いて決めたんだ」

 僕はドラゴンと――この世で一番強い生き物と戦って死ぬんだ。
今まで顔をふせていた少年は真っ直ぐにドラゴンを見つめて告白した。
 その目は決意が固められ揺らぎが無い。しかし、深く暗かった。

「どうせ生きてたってやる事なんて無い。
ならいっそう殺されても恥ずかしくないやつに殺されてやろうと思ったんだ」
(だから、止まったんだな)
「うん」

 一人と一匹は視線を交際させ、さっきとはまた違う沈黙が流れる。

(同じだ)

 やがて、今度はドラゴンの方が先に口を開いた。

(俺も戦争に行って国とやらのために戦う道具として孵されたのだ)
「ドラゴンも戦争に参加ようとした話は聞いたことはある。
だが、実際は実行されなかったとか」
(そりゃそうだ。
人間なんかなために戦うなんてできないと俺がこの洞窟に逃げたしたのだからな)
「じゃあ……」
(そうだ。
いつまでもこんな所にいても窮屈だと思った俺はこの洞窟の奥深くまでやって来れた強いヤツに倒されようと考えなんだ)

 ドラゴンがふと洞窟にしては高い天井を見上げた。何か考えるように。
 少年もつられて見上げる。

「あれ……? 天井だけ――」
(なぁ、小僧。
一緒に外に出てもう一度生きる努力をしてみないか?)

 えっ? と、目を見開いて少年は天井からドラゴンに目を戻す。
 ドラゴンも少年の方を見ていた。また、その目はいたって真面目である。

「どういう意味?」
(俺だけが外に居ても俺をおそれたヤツがやってきて俺は穏やかに暮らせないだろう。
小僧だけが外に居ても往き方がわからない。だから死のうとしてるのだろ? 
本当は生きたいのに)
「――うん」

 見開かれていた少年の目がドラゴンの目と同じ色付きにたる。

(だから、一緒に行かないか?)
「ドラゴンなんて悪いヤツだけだって僕は思ってた」

 少年は口元に優しい笑みを浮かべた。
 さっきまで大人びていた顔が年相応のそれになる。

「でも、お前みたいなドラゴンだって居たんだ。
その事みたいに世界にはまだ僕の知らない『希望』があるかもしれない。だから」

 ―一緒に行くよ。

 少年は立ち上がりドラゴンの鼻をなでる。
 やがて、目をとしてなれられていたドラゴンも立ち上がった。

(さぁ、小僧。ここからでるから俺背に乗れ)
「出るってどうやって?」

 今更ながら思ったが、少年がこの洞窟の奥地に入ってきた入口はドラゴンが通れる大きさではないし、他に出入口は見当たらない。

(出ることはできるさ。なにせ俺はここに居るんだからな)
「そうだね……」
(さぁ、背に乗れ)
「う、うん……」

 首を傾げながらも少年はドラゴンの背によじ登る。
その体はツルツルとした硬い鱗に覆われており、登るのは一苦労だ。
ドラゴンは屈んで少年が登りやすいようにしてくれた。

(しっかりつかまれよ)

 少年が乗ったのを確認するとドラゴンが立ち上がる。
 少年は振り落とされないように、首に腕をしっかり巻いた。

「大丈夫」
(いくぞっ)

 かけ声をあげると、ドラゴンは大きく息を吸った。そして、

「グワァァァァァ〜〜〜〜」

 ドラゴンのそれと共に天井の岩や砂が動き出す。
最初に細い光が一筋入ったかと思うと、それがみるみる大きくなった。

「すごいっ」
(元々この場所は天井は無かったんだ。それを俺がここにやってきて住みやすくするために作った)
「あっ、だから天井だけ周りの壁と砂の模様がちがったんだ」

(そうだ。――飛ぶぞっ)
「うん」

 少年は希望に満ちた笑みを浮かべてうなずく。
しがみついたドラゴンからも歓喜のふるえが伝わってきた。

(一人でできないことも)
「二人ならきっとできる」

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