ヤンデレ

□『お兄ちゃん』
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「お兄ちゃんっ、あそぼぉ〜」

 自分より頭二つ分大きいお兄ちゃん――龍太に、美香は元気良く抱きついた。

 中学校に上がったばかりの、けして強くない女の子の力で、
しかし、力一杯龍太のことを抱く。

 このままお兄ちゃんと一つに慣れればいいのになぁ〜。

 そう、思いながら。

「ごめんな、美香。今日は無理なんだ」

 そんな美香の頭を龍太が軽くなでた。

 美香は龍太のお腹から顔を上げ、口を尖らせる。

「何でぇ……?」

 撫で方も素っ気ないし……。

「友達と遊ぶ約束したんだ」
「そうなの……?」
「そうだ」

 お兄ちゃんと遊びたいよぉ……。だって、お兄ちゃんは美香のものだもんっ。
美香と遊ばないとだめ!!

 美香は不満を表すためにますます龍太に抱き付く。

 しかし、竜太はその腕からすり抜けた。

「帰ったら遊んでやるから、良い子に待ってるんだよ」

 そう言う龍太たの顔は少し迷惑そうだ。 高校に入るまでは、お兄ちゃん、こんな顔しなかったのに……。
高校で「ともだち」が出来てから……遊んでくれる回数が減っちゃったぁ……。

 美香は不満だった。本のお兄ちゃんに戻ってほしい。

 ……お兄ちゃんをこんなんにした「ともだち」ってどんなヤツだろう?

 そう思うと、美香は動いていた。
玄関を出た龍太の後をこっそり追う。

 龍太は団地の中をどんどん進んで行った。そして、

「ごめんな。まったか?」

 公園の中で龍太は少女に声をかけた。
龍太と同い年だろう子。

「ううん、そんなに待ってないわ。――どうかしたの?」
「ごめんな。妹の奴が絡んできて、なかなか家から出れなかったんだ」


 ――全く、うっとうしい奴だ


 龍太がそう言った。

 ……う、うっとうしい……奴?

 龍太の口からそんな言葉が出てきたことに美香は信じられなかった。
龍太はいつも優しく親切なお兄ちゃん……。

 ――あいつのせいだ。

 龍太と待ち合わせた少女を美香は睨みつけた。

 あいつは、遅れてきた龍太と共に、団地の中の小さな公園のベンチに座り笑っている。

 あいつのせいだ。あいつがお兄ちゃんを変えたんだ。

 木の陰に隠れ、美香はじっと睨みつける。
龍太も少女も美香に気付くことなく、しゃべり笑い合っている。

 しかし、美香はその会話を聞いていなかった。
 
 お兄ちゃんは美香のもの。そのお兄ちゃんを変えるなんて許さないっ。
お兄ちゃんっ、目を覚まして!!

 視線を龍太に移し、美香は目で訴える。だが、そんなことで気付くわけがない。

 よし、美香がとめて――

 決意の言葉を最後まで思い浮かべる前に、美香の動きは止まる。
踏み出そうとした足は宙に浮いたまま。

 な、なんで……。

 龍太が少女にキスをしたのだ。
少女からではなく、龍太から。

 なんで、なんでっ。ダメだよっ、おにいちゃん! そんなことしちゃ!!

 美香は膝を崩し頭を抱えた。

 お兄ちゃん、どうして……。
――まさかっ、あいつにそこまでダメにされちゃったの? そうなんだっ! ――じゃあ、

 美香は頭から手をはなし、真っ直ぐ見つめる。龍太を

 私がお兄ちゃんを……助けないとっ。……無理して……でも!!

 美香はそう思いが早いか、美香はひとまず家に向かって走り出した。


       ★


 龍太の部屋に美香はいた。龍太が帰ってくるのを待っている。
――右手をポケットに入れて。

 お兄ちゃん……早く帰ってきて。
あいつに……もっと……ダメにされちゃう……前に……。

 目を必要以上に見開き、美香はドアノブを見つめる。
公園で崩れ込んだときに付いた泥を落とさないまま。

 美香が……お兄ちゃんを……もとにもですっ。
戻せなくても、もう……これ以上ひどくならないように……するんだ……。
 

 ――何時間待ったんだろう?

「ねみぃ〜」

 そう言って龍太が部屋に戻ってきた。
 
そして、美香が居るのを見て足を止める。

「何でここに居るんだ?」

 龍太のまゆはひそめられる。

 しかし、美香はそんなこと気にしない。

 だって、これが本当の美香のお兄ちゃんじゃないもん。

「お兄ちゃん。あいつとは……どんな関係なの?」
「あ、あいつって誰のことだ……?」

 いつもと雰囲気が違う美香に龍太は戸惑ってるようだった。

「今日……公園で……会った子だよぉ」
「あ……あぁ。……友達だよ」
「うそっ。だって……キスしてんの……見ちゃったもん」

 お兄ちゃんが美香に嘘をついた。

 ダメだよ……お兄ちゃんっ。

 美香はドアの前に立っている龍太に近付く。
――右手をポケットに入れたまま。

「……見てたのか。まぁ……そうだ。彼女だっ」

 龍太が開き直ったかのように、声を強く言う。美香を見る目が冷たい。

 ……かわいそうな…かわいそうな美香のお兄ちゃん。

「ねぇ……わかれてよ」
「はぁ? なんで、美香にそんなこと言われないと行けないんだ?」
「だって……お兄ちゃんは……美香のお兄ちゃんじゃなくなっちゃんだもんっ。――お兄ちゃん……あいつに……あいつに悪い人にされちゃってるんだよ!」
「ふざけんなっ。あの子を悪く言うな! あの子が俺を悪くしないっ。――そもそも、俺はおまえのもんしゃねぇ!!」

 龍太が怒鳴った。目を細め、変な目で美香を見ながら。

 そして、美香の心が失望した。

 お兄ちゃん……。美香の優しさが……伝わらないほど……変えられちゃったんだね……。

 ――美香は右ポケットの中身を強く握った。

 ……本当は……こうしたくないけど……お兄ちゃんを止めるには……こうするしかないっ。

「お、おいっ……」
「さようなら、おにいちゃん」

 美香は右ポケットから素早くカッターを取り出し……背伸びして、龍太の首を切りつけた。

 急な動きに、龍太は抵抗出来なかった。

「本当に、本当に……こうしたく無かったんだよ」

 血が溢れ出し、重力の言うがままに倒れる龍太に、美香は謝る。
 
お兄ちゃん……大好きだよ……。
これでもう……お兄ちゃんが……変えられることも……私だけのものじゃなくなることも……ない……ね。

 そして、龍太の顔を自分に向かせ――キスをした。

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