SF
□『黒猫』
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曇天。
空は灰色の雨雲に覆われていた。
まさに、今にも雨が降りそうな空模様である。
降る前に帰りたい……。
学ラン姿で走る少年――竜也は、リュックを揺らしながら、川沿いの道を走る。
ここ何日も雨が降っていないため川の水は少なく、いったん雨が降り出したらなかなか止まないことを想像させてくれた。
そうだ、降る前に帰ってやるっ。――あっ。
美術部に所属し根っからの文化系で足の早くない竜也の前を、一匹の黒猫が猛スピードで横切った。
白いけが一切混ざっていない、真っ黒な黒猫。
確か……黒猫に横切られると、不吉なことが起こるんだっけ?
そんな話を前に部活仲間から聞いたことがあるな。
などと思いつつも、竜也は走る。
そんなん言ったって、黒猫だって猫なんだけとな……。
黒いからってなんも関係ない。と言うか、黒い方が可愛いし。
だから、竜也は気にしなかった。
そもそも迷信なんて信じる質ではない。。
それより、雨が降る前に帰らないとっ。
心の中ではそう意気込んでいるが、息も上がりそろそろ体力の限界が来ていた。
しかし、まだ家までの半分ほど来た所。
本当……、こんなときに体力がないと困るな……。
別に筋肉質な男になりたいと思ったことはないが、今のような瞬間に、運動しとけば良かったと後悔する。
――するだけで、何もしないが。
「にゃー」
と、後ろから猫の声が聞こえる。
竜也は猫がいるなら見てみたいと思い、走りながら後ろを振り向く。
「え?」
そして、思わず声を漏らしてしまった。
猫は道のわきに寝そべってたり、座ってたりするのかな……と思っていたのだが。
「は、走って付いてきてる!?」
そう、猫は何度も鳴きながら、竜也を追ってくる。
目はじっとこちらを見つめて。
ん、あれ? さっきの黒猫?
その事に気付くと、竜也は足を止めた。別に飛びかかってきそうな怖い顔をしている訳ではないので、止まっても害はないだろうと思って。
「どうした?」
「にゃー」
止まった竜也に一鳴きすると、黒猫は背を向け、しかし、首だけ竜也の方を向くと、
「にゃー」
と、また鳴いた。
「ついて来いって言ってんのか?」
「にゃー」
まるで、「そうだよ」と言うように、
黒猫はもう一度鳴き、竜也が走ってきた道を走り出す。
「ま、待てよっ」
どうしたんだ?
ますます雨が降りそうな雲行きになってきたから、さっさと帰りたいのが本音。
だが、黒猫の普通じゃない態度に、というより、「猫ってこんな行動するっけ?」という謎の行動に惹かれた竜也は黒猫を追う。
「にゃー」
「い……急いで……るっ」
だが、竜也はもう体力の限界だ。
何度も止まりかけたが、そのたびに黒猫にせかされる。
そして、
「にゃー」
黒猫はやっと止まった。
そして、その場に座ると、竜也の方を見て、強くなく。
こ、ここって……さっき、この黒猫と……すれ違った場所だっ。
そんなことを思いつつも、何事かと、黒猫が座っている場所を覗き込む。
「あっ」
そして、声を上げながら、黒猫の前に落ちている物を拾い上げた。
元は白かっただろうそれは薄汚れて灰色になっており、こすれた金色の刺繍で「お守り」と書いてある。
「おばあちゃんの形見のお守り……落としてたんだ」
竜也は立ち上がりそれを大事に胸に抱えた。
もし、家に帰って無いことに気が付いたら、
しばらくはご飯が喉を通らなかっただろう。
――いや、ご飯も食べずに探してたな。
それほど大事な物なのだ。
「ありがとな」
黒猫に向かって竜也は言った。
――しかし、黒猫の姿は何処にも見当たらない。
どこに行ったんだ?
あたりを見渡しても黒猫の姿は見えない。
黒猫は音もなく去っていた。
不思議なやつだったな……。
猫に落とし物を教えてもらうなんて、物語の中だけだと思っていた。
実際、そんな体験をしたなんて話聞いたこともないし。
いや……すごいな……そして、ありがたいよ。
竜也はただただ何度も頷く。黒猫に賞賛の意を込めながら。
でも……。
笑っている自分の膝を見て、竜也は苦笑した。
生きも荒く、手が鉛のように思い。
どうせなら、案内するんじゃなくて、届けてくれたら良かったのにな。
つくづくそう思った竜也に、雨粒が一筋落ちてくる。