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□『支え合っていこう』
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「おれ、明日から二年間、イタリアに留学する」

 蛍光灯の光だけで照らされた教室の中で、あかりの彼氏であるケンタはそう告げた。
冬の夜の訪れのように唐突に。

「え……」
「ほら、前から言ってただろ?」
「うん……」

 確かにケンタは初めて会ったときからいつかイタリアに留学したいと言っていた。
そこで料理を習って、将来自分のお店を持つと。

「それが、2ヶ月ほど前から行けることに決まってな」

 2ヶ月前から……

 あかりは自分の心のなかでなにかうごめくのを感じる。

 そんな前から決まっていたのになぜ前日に言うの? なんで?

 あかりは、答えを求め目をケンタにむけた。
しかし、ケンタは目を合わそうとしない。
ケンタが口を開く。

「海外行くと携帯つながんなくなるから、手紙送るよ。俺、あかりのこと大好きだから……留学してもよろしくな」

 しかし、それはあかりの求めている答えではなかった。

 そんなことは後でいいよっ。

「ねぇ……」

 答えを求め開きかけたあかりの唇に、湿った柔らかいものが押し当てられる。
冷たいそれは直ぐにそれを失い暖かくなる。

 ――ケンタの唇だ。

 そして、唇だけでなく、肩に胸に背中にお腹に暖かさが広がる。

 あかりはケンタに抱き締められいた。
まるで、自分の体と一体化させるかのように強く強く。

 歯と歯をぬってケンタの舌があかりの口に侵入する。

 ますますケンタの手に唇に力が入る。

 そんなケンタをあかりもいつもなら負けないぐらい強くだきかえす。
――が、今日はそうしない。

 留学……明日から……2ヶ月前からきまってた……なんで今日教えるの?

 それどころかあがりの体の力が抜けていく。
そして、その疑問だけが頭の中を渦巻いていた。
もう、ただただ、ケンタに抱きしめられ、キスをされるだけ。

 そのせいであがりのあたまはケンタの強いキスに押され後ろに下がった。
唇と唇の間をまだ春の訪れない冷たい空気が通り抜ける。

 ケンタがその頭を右手で強く抱き、あかりの唇を自分の唇に押し付ける。左手はあかりの体を抱いたまま。
それらからケンタの熱が伝わってくる。

 それでもあかりはただただ、一方的に抱かれるだけ。


「なんで抱いてくれないんだ?」
 
 これまでにない長い抱擁の後ケンタが訪ねてきた。
その声は先ほどの抱擁とは違い力がない。

 なんでって……

「ケンタが急に留学するって言うからっ。前から決まってるなら、もっとはやく教えてくれなかったのっ?」

 そして、ケンタと真逆にあかりの声は力が入っていた。

「なんでっ!」

 その気迫で、ケンタが目を丸くする。まさか、怒鳴られるとは思って無かったようだ。

「……怒るなよ。俺は……あかりになるべく悲しい思いをさせたくなくて
。ほら、ギリギリ言った方が返ってくるまでの残りの日数が少ないから悲しい思いをする日が――」
「それが理由? 支え合っていこうって言ったのにっ! それが理由っ?」

 あかりは叫んだ。
二人しか居ない教室に声が寂しく響いたがそんなこと気にしない。

 支え合っていこう。それはケンタがあかりに言った言葉だった。

「ごめん……怒らせるつもりは全くなく
て……ほんとだ……あかりを悲しませたくなくて……」

 ケンタの声はますます弱々しくなっていった。
目じりが下がり、肩が縮こまる。

 だが、あかりにはケンタに気を使う余裕など無い。

 ケンタがいつか留学するのはわかっていた。
だから、相談されたら乗るし、決まったら笑顔で見送りつもりだった。
そう、支えてあげるつもりだった。

 なのに、ケンタはひとりで決断してしまった。
あかりの思いを受け止めずに。

「ケンタなんか大っ嫌いっ!!」

 あがりは教室を飛び出した。

 乱暴に閉められたらドアのむこうでケンタがどんな顔をしていようと知ったことではない。

 ――冬の夜は寒かった。

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