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□人間椅子会談
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「で、ここは…?」
寄りたいところと言われてついてくれば、そこは白を基調としていてコンクリート丸出しのデザインマンションみたいな場所だった。躊躇もなく取りついている階段を上って普通に一つの部屋のカギをまわす。
すると何なくガチャリと空いて、中に入る。すこし鼻を突くような匂いがした。
それから彼女はブーツを脱ぎ捨てて勝手に中に入って行ってしまう。玄関でその姿を見ていると、ばっと彼女は振り向いて「入っていいよ」と笑った。
「アトリエだけど、」
「名字さんの?」
「うん」
そう言って簡易的に取りついている水場。そこで筆を洗い始める。戸惑っていると「座れば」と視線をやる、その先にはまた到底理解できない柄のソファーが置いてあった。どちらかと言えばグロい柄。でも案外座り心地はいい。ギシリと音がなる。
彼女は筆を洗い終えたかと思えばまた綺麗に手を洗って、次に戸棚を探り始める。
「清志君は体育学科なんでしょ?」
「まぁ、」
見つけた、と小言をつぶやいてその手には二つのマグカップ。
「買い物しなくていいんですか?」
「大丈夫、大丈夫」
にへら、と気の抜けたような顔をした。
彼女の中に時間の問題とかは二の次らしい。電気ポットで水がわくのは早いらしい、いつの間にか鼻を突くようなニオイは気にならなくなって次にはもう珈琲の香りがしていた。
入れてから清志君は珈琲大丈夫なんだっけ…?とキッチンでまた独り言、うろうろして次には小さめの冷蔵庫から砂糖とミルクを取り出した。
「あ、オレ、のめるんで大丈夫ですよ」
「よかった」
決して目は会わなかったけれども、彼女のホッとした表情は容易に想像できた。
それからマグカップを二つ持ってきてそっとソファーの空いた部分に座った。リビングで座った時も思ってたけれど、彼女は女性的な身体をしていた。ってどこ見てるんだか、自分に呆れて受け取った珈琲に口をつける。インスタントにしては美味しいイメージがあった。
「清志君は身長大きいね」
「まぁ一応190超えてるんで」
「なんか部活とか何してたの」
バスケ、です。
久々にその言葉を発した。すっかり忘れていた。それがなんだか淋しかった。
「バスケかぁ、私、運動とかもう全然だめでさ」
もうずっと絵描いてるかならなぁ。
うらやましく思えた。
この人はずっと好きなことをしてるんだと思うと、なんだか自分は、と比べてしまう。
マグカップを握る力を込めると「今度、清志君のバスケ見せてね」と言われてはっとする、考えてもしょうがない、自分で決めたことなんだから。
「そう言えば、私のこと名字さんなんて呼ばなくていいよ。どうせ一つしか変わらないし、タメで大丈夫、大丈夫」
「はぁ…でも」
「淋しいなー清志君」
こっちは名前で呼んであげているのに、とでもいいたそうな顔だった。
目は口ほどにものを言うとはまさにこのこと。
「名前ちゃん、」
「なぁに」
笑ってこちらを見た。その頭をそっと撫でてあげると「子供扱いしないで」とすこし困ったような顔をしていた。
「まったく年上に見られたいのかそうじゃないのか、どっちだよ、」
「察してよ」
「面倒だな」
ふっと笑いがこみ上げる。珈琲もさっきより甘く感じた。するとじっとこっちを見ている彼女。
でも今の清志君の方がいいな。
その言葉にはっと動きが止まる。
「あ?」
「肩の力抜けてる感じ、皆怖い人じゃないし、長なんて昨日から楽しみにしてたくらいだし、おじさんもおばさんだって本当の家族みたいな人だから」
そう言って続く言葉を見失ったのか、考えるようにうーんと唸る彼女。
「とりあえず慇懃無礼はよしなってこと…だよ」
さて、と彼女はソファーから腰を上げる。いつの間にか彼女のマグカップの中には珈琲が入っていなかった。
「そろそろ買い物行こうか」
「そーだな」
彼女のアトリエからスーパーまではそんなに時間がかからないまま、買い物を終えた。案外しっかりしている彼女も見ることができた。
帰り道少しだけ距離が血じまったような気がしたけれども、何を理由にというわけじゃなかった。多分オレって人見知りな方だったのかもしれないな。
家に戻ると彼女は先にリビング行ってて、とオレの背中を押した。
パン、
クラッカーの音とともに頭に紙吹雪がかかった。
ああ、そう言うことか。いい人たちに囲まれてよかった。
自然と頬が緩むのがわかった。
人間椅子会談
アトガキ
もうつまりかけてる。
相原玲