月桜鬼 第二部

□月読みの
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一方、いのり達の戦闘も終結に向かっていた。
羅刹が全滅し、宇月原(うつきばら)の気配も消えた。

「ふん・・・・案外あいつも脆(もろ)かったな」

面白くもなさそうに、四十竹(あいたけ)は呟く。

「では、俺たちは戻るか」

五百目(いそのめ)も四十竹も、宇月原の敵(かたき)を討とうと考えることはなかった。
元々冷めた関係であったのだろうが、そんな事は土方達は知らない。

「てめぇら!仲間見捨てていく気か!」

土方の怒声に、冷酷な視線を送り四十竹は吐き捨てた。

「・・・・仲間?あんなやつらと一緒にするな」

存外本気で憎悪を感じている様な気配に、土方も押し黙る。

「あいつらには仲間と言う概念はねぇ。下僕か餌か、どちらかだ」

「千紘(ちひろ)殿は、どうお考えなのだ?」

不意に天霧が尋ねる。
すると常に冷めた表情であった四十竹が、微かに苦痛の表情を浮かべた。

「・・・・・俺たちには、あの方を支える義務はあるが、止める権利は無い」

それだけ言い残すと、二人の鬼は闇に溶けるように去っていった。

「・・・・勝ったのか・・・・?」

呆然と呟く土方の背後から、沖田と山南が駆け寄ってきた。

「土方君も無事でしたか・・・・」

「いのりちゃん!!」

沖田の叫びに土方が振り向くと、鬼の殺気が消えた為か修羅から戻ったいのりが、
力を失い崩れかける所を天霧に支えられていた。

「おい!大丈夫か?」

何とか笑顔を作り何とか頷くいのりだったが、顔色はあまり良くない。
するといきなり天霧はいのりを脇に抱えた。

「え!?あ・・・あの?」

驚くいのりの声を無視し、天霧はそのまま踵(きびす)を返すと、
土方達に背を向け無言で去ろうとする。

「ちょっと待て!いのりをどうする気だ?!」

慌てて制する土方に、天霧は厳しい視線を向けた。

「あの者達の狙いは、半鬼であるいのり殿だ。
 このままここにいても、危ないだけです」

「いのりちゃんを、鬼の里へ連れて行く気?」

殺気を込めて沖田が睨む。
既にその手には冷たく光る刀が握られている。

「ここよりは安全でしょう」

そう言うと、天霧はあっという間に塀の上まで飛び上がり、音も無く姿を消してしまった。

「ちっ!!追うぞ!!」

土方に言われるまでもなく、沖田は走り出していた。


* * * *


「放してください!!放して!!・・・・放してってば!!」

必死に藻掻(もが)くいのりを物ともせず、天霧は平然と走り続ける。
まるで娘一人担ぎ上げているとは思えない早さだ。
どんどん屯所から引き離されていく。

「放し・・・・!!」

焦ったいのりが再び暴れようとした瞬間、天霧が急に立ち止まった。
不思議に思い天霧を仰ぎ見ると、前方の一点を食い入るように見つめている。
つられていのりも視線を移すと、薄暗い月光のもと、刀を手にした若い男が立ちはだかっていた。
その目からは、熾烈な鋭い光が解き放たれている。

「・・・・さ・・・・いと・・・・さ・・・・ん・・・・」

驚愕のあまりいのりは目を見張り、斎藤の姿を凝視した。
斎藤がこんな時間にこんな場所にいるはずが無かった。
だが、目の前に立ちふさがっている若い男は、紛れもなく斎藤だった。

驚愕、喜悦、疑問などの様々な感情が、いのりの中で渦巻く。
たくさん話したい事があった、たくさん言いたい事があった、たくさん聞きたい事もあった。
何よりも・・・・・・・会いたかった。

「斎藤さん!!!!」

いのりはあっという間に天霧の腕をすり抜け、
慌てて捕まえようとする天霧の手をくぐり抜け、斎藤に飛びついた。
驚きつつも斎藤は、右手でいのりを抱きとめる。

「さ・・・・斎藤さん!斎藤さんっ!斎藤さんっ・・・!!」

何か言いたいのに、いのりの心も頭もただただ、斎藤の名でいっぱいだった。

狼狽(うろた)えつつも、必死にしがみつくいのりを力強く片手で抱きしめ、
斎藤は天霧をきっと見据え、刀の切っ先を向ける。

「悪いが・・・・いのりは渡さん」

天霧は寄り添う若い二人を唖然とした顔で見つめていたが、
何となくいのりが鬼の里へ来る事を拒んだ理由を察した。

「・・・・なるほど・・・・・」

呟いた天霧に、斎藤は訝しげな表情を見せる。
大きな溜め息をつくと、天霧はくるりと背を向けた。

「馬に蹴られるのはご免被(こうむ)りますので、このまま私は退散しましょう。
 いのり殿を頼みましたよ」

そう言うと、天霧は苦笑と共に去っていった。

「人を愛した鬼の血を、引き継ぐ娘・・・・・か・・・・・」

鬼の小さな呟きは、闇夜に柔らかく溶けた・・・・。

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