月桜鬼 第二部

□始動
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伊東が動いた。
近藤に会合を申し出たのだ。

一応御陵衛士は長州、薩摩の動向を、新選組と違う方面から探る目的での円満な分裂とされている為、
その報告と資金提供の申し出を目的とした、会合を開きたいと言って来たのだ。

斎藤を連れて角屋にやって来た伊東は、部屋で待っていた土方に挨拶もそこそこ、早速本題に入った。

「それほど格式張った大事(おおごと)にするつもりはありませんので、
 近藤局長の妾宅など、肩肘張らずにすむ場所でお願いしたいのですが・・・・」

近藤の身を案じ警戒する土方に対し、伊東は護衛も付けずに一人で赴(おもむ)くと言う。

「私が近藤局長に何か、良からぬ事をするなどあり得ません。
 それほどご心配なら、私は会合へは一人で参りますから・・・・」

それほど自分が怖いのかと、あざ笑うかのように言い放った伊東の挑発に、土方は乗らなかった。

「悪いな。
 新選組はどこぞの組織とは違って、規模も名もでかいんでな。
 虎視眈々(こしたんたん)と転覆を謀ろうとしてる不逞(ふてい)な輩(やから)があちこちに潜んでいて、
 一時も油断ならねぇのさ」

暗に、お前達とは格が違うのだと土方が仄(ほの)めかすと、伊東の顔が奇妙に歪んだ。
それは、嘲笑(ちょうしょう)とも憤慨(ふんがい)とも言えぬ、得たいの知れぬ表情だった・・・・。

十一月十八日の夕刻に、近藤の妾宅で会合を開く事が決定すると、伊東は満足そうな笑みを浮かべ帰っていった。

その帰り道、伊東は傍(かたわ)らにいる斎藤に静かに語った。

「斎藤君・・・・」

「はい・・・・何でしょう」

「私は自分の目的・・・・我が道のためなら、どんな犠牲も厭(いと)わない男です」

「・・・・・・・・」

「そして近藤さんは・・・・人の上に立つには、甘すぎると思っています」

心の奥底に沈ませていた本音を語る伊東に、斎藤は静かな沈黙で先を促(うなが)す。

「その、人の上に立つべき者が抱えねばならぬ業(ごう)を、
 土方君を鬼に変えて全て押し付けているように、私には見えます・・・・」

伊東の言いたい事はよくわかる。
近藤は新選組と言う組織の上に立つような人間ではない、と言いたいのだろう。

「俺は・・・・鬼と成り得る性(さが)を持つ者だけが、人の上に立てるとは思えません」

「ほう・・・・」

反論する斎藤の横顔を、愉快そうに伊東は眺める。

「近藤さんの様な・・・・寛容な・・・人情味溢れる人が上にいてくれるからこそ、
 俺たちはこの酷烈(こくれつ)な世の中を、光を失わずに戦い抜けるのです・・・・」

真摯に語る斎藤に、伊東は驚愕の表情を閃(ひらめ)かせ、突然笑い出した。
不愉快そうに睨んだ斎藤を宥(なだ)めるよう、伊東は笑みを口の端に残したまま見返す。

「ふふふ・・・・すみませんね。意外でしたので」

「・・・・意外?」

「貴方はもっと、冷静に物事を判断できる人だと思っていたので・・・・」

「俺が冷静でないと?」

「言い直しましょう。
 冷徹で強(したた)かに見えていたものですから・・・・」

案外甘い男なのだと思われたようだ。
だが斎藤は怯(ひる)む事無く、真っすぐな視線を向けたが、伊東は澄まし顔でさらりと受け流す。

「現世(うつしよ)を鬼となって生きるもの、現世を夢を抱いて生きるもの・・・・。
 さて、どちらが生き残るのでしょうね・・・・」

伊東と近藤の事を言っているのだと斎藤は気付いていたが、口に出しては何も答えなかった。
それに気を悪くした様子も無く、穏やかな表情で伊東は冷えた夜空を見上げた。

「絵空事では国は立ち行きません。
 世の中には自分の意志とは裏腹に、成さなければならない事があると言う事です。
 残念な事にね・・・・」

寂寥(せきりょう)感を漂わせ紡ぐ伊東の言葉に、斎藤は伊東の決意を感じた。

(・・・・・ああ、やはりこの人は・・・・・やる気なのだな・・・・・)

この一年近く伊東の側にいて、斎藤はこの男の事がよくわかって来た。

初めの頃は、新選組に仇(あだ)なし、大切ないのりを手篭(てご)めにしようとした、
万死に値する程の憎き相手だった。
だが、この男の野心に対してのひた向きさ、
そしてその野心を現実化していく才気(さいき)は、目を見張るものがあった。

真っすぐに、ただ真っすぐに。
誰を犠牲にしようと、例え自分自身を犠牲にしようとも、
己の思いに忠実な伊東に、斎藤は驚嘆した。

だが伊東のやり方に、どうしても同調はできなかった。

国を思う気持ちは、分からないでもない。
だが愛おしい者たちがいるからこそ、斎藤はこの国を守りたいと思うのだ。

それらを犠牲にして救われた空っぽの国など、斎藤には何の意味もなかった・・・。


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