月桜鬼 第二部
□望む未来
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先日の深夜、斎藤が帰還した。
だが、いのりは斎藤の復帰を喜ぶ暇(いとま)もなく、
二人で近藤と伊東が会合を開いている間に、
こっそり御陵衛士の屯所となっている、月真院へと向った。
屯所は静まり返っていた。
斎藤はいのりに約束の場所で身を隠すよう指示すると、するりと中へ入り、藤堂の姿を探す。
他の者に気付かれないよう、慎重に辺りを見渡していると、
裏庭でぼうっと凍れる月を眺めている藤堂の姿を見つけた。
その顔は無表情で、斎藤が一瞬声を掛けるのを躊躇(ためら)う程だった・・・・。
だが、時間がない。
「平助・・・・」
静かに、だが鋭く名を呼ぶと、はっと藤堂が振り向いた。
「ああ・・・・なんだ。一君か・・・・」
斎藤が脱走していた事を失念しているのか、安堵した様に穏やかな笑みを浮かべ、藤堂は肩の力を抜いた。
「何?どうかしたの?」
斎藤の発する気に気付いたのか、小首を傾げる。
「・・・・・話がある・・・・少し付き合え」
有無を言わさぬ重々しい声に、藤堂は抗(あらが)う事もせず、素直に腰を上げ斎藤の後に付いていった。
斎藤の背中を見つめながら、藤堂は先ほどまで考えていた事を、再び思い起こした。
ずっと藤堂は感じていたのだ。
何か違うと・・・・・・。
ふと、伊東を新選組に誘った後、江戸から戻ったときの事を思い出した。
* * * *
永倉達、馴染みの幹部から手荒い歓迎を受けた後、沖田に誘われ道場へ足を踏み入れた。
「平助がいなかった分皆の仕事が増えて、忙しい忙しいって言って、全然相手にしてくれなかったんだよね〜。
悪いと思うなら、その分ちょっと手合わせしてよ。
まさか、体が鈍(なま)ってるんじゃないだろうね?」
そう言うと、にやりと笑って木刀を投げてよこしてきた。
藤堂としても江戸で遊び歩いていたわけではない。
あちこちの道場に顔を出して、色々な剣豪と手合わせをしてきた。
(だけど・・・・・やっぱり違うな・・・・・さすがだ)
木刀を構え沖田と向き合うと、心地よい緊張感と闘争心が体の芯から迸(ほとばし)る。
(全然違う・・・・・)
気分が高揚してくるのが分かる。
江戸で隊士を募るため、色んな武芸者と剣を交えたが、どの取り組みも藤堂に取っては物足りなかった。
(やっぱり・・・・これじゃないとな・・・・・)
にやりと藤堂が笑った瞬間、沖田が動いた。
信じられない角度から、信じられない早さで木刀が切り込んでくる。
冷静に見切ると藤堂も体を捻(ひね)り、正確に沖田の懐に木刀を繰り出す。
乾いた音を立てて木刀が交わる。
互いににらみ合いながら、相手を押し込もうとする。
双方後ろに引く気配もない。
周囲で二人の剣戟を斎藤や原田、永倉がさも面白そうに眺めている。
沖田と藤堂、互いに力一杯相手を押すと、素早く飛び退り間合いを取った。
「江戸に行ってる間に、腕が鈍(にぶ)ったんじゃないの?平助」
「ぬかせ、総司!!お前こそ、俺がいないからって、気ぃ抜いてたんじゃねぇか?
動きが鈍いぜ!!」
相手を挑発しながらも、二人とも高まる高揚感に笑みが溢れている。
(とか言いつつ・・・・やっぱ強えな・・・・総司の奴・・・・)
自分とそう変わらない年の沖田が、益々強くなって行くのを実感する。
(面白れぇ・・・・・)
生来の喧嘩好きの性(さが)が疼(うず)く。
(負けらんねぇ・・・・・すっげー!すっげー嬉しいぜ!!)
興奮で体が熱くなる、血が騒ぐ。
(生きている!!生きている!!)
体の奥底から力が湧き出てくる!
怖いものなど何もない!!
藤堂は産まれてこのかた、これほど強い奴らなど知らなかった。
今まで見たこともない程の武芸者が、ここには集まっている!
しかし、それに藤堂は打ち拉がれたりする様な、弱い精神など持ち合わせていなかった。
(すっげー面白ぇ!!)
自分よりもっと強い奴らがいる。
それも自分のすぐ側に。
それを思い知ったとたん、俄然やる気が出てきた。
(もっともっと強くなる!!)
目標となる者達が目の前にいる。
それだけで心が躍った。
(必ず追いつく・・・・!そして追い抜く!!)
・・・・・・そんな思いは、この御陵衛士に参加してから、ほとんど感じる事はなかった。
ただ、淡々と課せられた任務をこなし、一日を終える。
これが本当に、この国のためになっているのだろうか・・・・・。
手応えのない日々に、焦燥感と虚無感だけが募(つの)っていく。
変わるはずだった・・・。
変えていくはずだった・・・。
近藤の下・・・、そして気安い仲間達から離れ、一人更なる高見を目指して、
甘えも迷いもなくただ無心に己を磨きたかった・・・。
曖昧で心地よい現実ではなく、確実な成果と評価が欲しかった・・・。
だが、どうだろう・・・自分は本当に成長したのだろうか・・・剣の腕も・・・実績も・・・
以前の自分に誇れるだろうか・・・。
(俺は・・・・間違ったんだろうか・・・・)
誰も答えてくれない問いを、藤堂は胸中でぼんやりと繰り返していた。