月桜鬼 第二部

□変若水の源
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道標と光からの続き


仄ほ(の)暗い部屋には、淡い行灯の明かりが揺らいでいる。

洋式の大きな椅子に腰掛けている、紅い髪の大柄の男は、目の前に座っている金髪の美しい青年に声をかけた。

「・・・・・・また、駒を失ったようですね・・・・」

低く重く響く声は、決して高圧的ではなかったが、威圧を感じずにはいられないものだった。
しかし若い男は、動じる事無く紅い髪の大男を正視する。

「オズワルド殿・・・・・駒と言う言い方は止めてもらおう・・・・」

「これは失礼・・・・・まだ、こちらの言葉に疎(うと)いもので・・・・・」

オズワルドと呼ばれた大男は、椅子を軋ませ薄く笑った。
端麗な顔をしかめ、不快げにそれを見つめていた男は、報告は終わったと言わんばかりに、
束ねた長い金の髪を揺らし、椅子から立ち上がった。

「千紘(ちひろ)殿・・・・・」

背中に有無を言わせぬ重圧を感じ、千紘はゆっくり肩越しに振り向いた。

「早く、その半鬼の娘を連れてきてください・・・・・。
 私の可愛い使役(しえき)達が、飢えてしまいます」

「・・・・・・・重々承知している・・・・」

短く答えると、千紘は不気味な空気が漂う部屋を出た。
大きな息を吐きだすと、側に四十竹(あいたけ)がやって来た。

「千紘・・・・・五百目(いそのめ)がやられたそうだな・・・・・」?

「ああ・・・・・俺には・・・・もう、お前だけになってしまったな・・・・・」

嘲笑とも言えぬ複雑な笑みを浮かべた若い鬼に、四十竹は不敵に笑ってみせた。

「俺だけいれば、充分だ・・・・」

「だが、千景には天霧や不知火がいるぞ」

「・・・・・風間千景と戦う気か?」

四十竹の言葉に、千紘は黙って宙を睨む。

「・・・・・・その前に、五百目の敵を討ってやらねばな・・・・・」

千紘が返答を避けると、四十竹は軽く顔をしかめたが、諦めたように溜め息をついた。

「相手は、新選組だ」

「・・・・・人にやられたのか?」

「いや、羅刹だ」

「ああ、紛い物の出来損ないか」

軽蔑したように吐き捨てた千紘は、ふと思い出したように四十竹を見た。

「人間どもの羅刹とやらは、全滅したと聞いたぞ。まだ残っていたのか?」

「いいや、どうやら同行した雪村鋼道が、死にかけている新選組の男に、新しい変若水を使ったそうだ・・・・」

四十竹の説明に、千紘は厳しい視線を送る。

「鋼道は俺たちを裏切る気か?」

剣呑な響きで問われた四十竹は、首を横に振った。

「あの男の悲願は、雪村家の再興だ。
 その希望の芽がこちらの手にある限り、裏切る事はしないだろう・・・・」

一応は納得したように千紘は頷いた。

「で、その鋼道は今何処だ?」

「・・・・新しい変若水の効果を調べる為に、新選組の所へ行った」

一瞬千紘は眉をひそめたが、口に出しては何も言わなかった・・・・。



* * * *



いのりが町での使いを終え、屯所へ戻ってくると、
門番をしていた若い隊士が、何やら飛脚と揉めているようだった。

「・・・・あの?どうかされました?」

「あ、夏目どの!!」

近藤局長の親戚で通っているいのりは、幹部の世話を任されている事もあり、
門番の隊士も敬意を持っていのりに接する。

「実は・・・・亡くなられた藤堂組長宛の文が届いたのですが・・・・」

(平助さんのご実家からかしら・・・・?
 こちらが出した訃報と行き違いになってしまったのかも・・・)

真実を知っているいのりは後ろめたい気持ちで、心苦しくなる。
表立っては藤堂が亡くなったとされている為、渡されても困る、返されても困ると、
隊士と飛脚の間で、軽く押し問答になっていたようだ。

いのりは柔らかな笑顔を浮かべ、途方に暮れる二人に、助け舟を出した。

「確かに、困りましたね。では、私が局長か、副長にご判断を仰いできましょう」

「あ!そ・・・そうですね!・・・・そうすべきでした・・・・」

自分の至(いた)らなさに恐縮する隊士に、いのりは気にしないでと笑って宥(なだ)めた。

「それで、差出人はどなたですか?」

「はい、雪村鋼道・・・・となっていますが・・・・」

思わず声を上げそうになったいのりは、何とか飲み込み、冷静を装った。
文を飛脚から受け取り、ゆっくりその場を去る。
隊士の姿が見えなくなるまで遠ざかると、いのりは急いで近藤と土方の元へ走った。

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