月桜鬼 第二部

□吸血姫(きゅうけつき)1
1ページ/4ページ

変若水の源より続き

ある日突然、鬼達の紛争が始まった・・・・。

風間の元に集まった鬼達は、どうしてこうなったのか分からないまま、
ただ生き残る為に目の前の敵と化した元同胞を、倒すしかなかった。

「ちっ・・・・不毛だな・・・・」

深い森の奥で始まった、陰惨な戦いに不知火は苦々しげに舌打ちした。
なくなった銃弾を弾倉に装填(そうてん)しながら、高い木の枝に座り、辺りを見渡す。

耳障りな葉音と共に、突如夜叉が目前に牙を剥(む)いて躍り出てきた。
無言で素早く弾倉を戻し撃鉄を下ろし銃口を向けると、不知火は躊躇(ためら)いなく引き金を引く。
白銀の閃光は夜叉の体を貫き、凶悪な怪物と化した鬼はもんどりうって地面に落ちていった。

「全く・・・・人間の争いを笑えませんね・・・・」

隣の木に飛び乗った天霧が、不知火の独り言を聞いていたようで、必要もないのに応えてきた。

「ともかく、夜叉は我々の名誉にかけて、殲滅(せんめつ)しなければなりません・・・・・」

何かを言い返そうとした不知火を制し、感情を押し殺した天霧がそう言い残すと、再び戦場へと舞い降りて行った。
それを複雑な表情で黙って見送った不知火は、銃弾を装填し直すと、自らも戦場へと戻った・・・・。



* * * *



「ここです・・・・・」

鬼達が争っている間に、鋼道はオズワルドが潜伏している、京の僻地(へきち)にある屋敷へと藤堂達を案内した。
薄暗い林の中を、月明かりだけを頼りに進んで行くと、確かに古い屋敷がそびえ立っていた。

木々の影から藤堂、沖田、原田、山南が屋敷の様子を伺う。
辺りは静まり返って、人の気配が全くない。
それどころか林にいる筈の生き物達も、息を押し殺しているかのように、沈黙している。

何人たりとも寄せ付けない様な、禍々(まがまが)しい雰囲気を醸かもし出している屋敷に、静かに近づく・・・。
多少軋(きし)む様な音を立てながらも、ゆっくりと門を開ける。
素早く五人は体を中へと滑り込ませた。

鋼道も壮年とは思えない様な軽快な身のこなしで、やはり鬼なのだと藤堂は改めて思った。

本来なら二手に別れて捜索したいところだが、敵の戦力も分からないまま、
兵力を分散させるのは得策ではないと、五人は身を寄せながら屋敷の中を探り歩く。

「鬼の気配に敏感ないのりちゃんがいれば、もっと楽なんだろうけど・・・・」

「まぁ、わざわざ敵地に、狙われてる本人を連れて行く事ないからな・・・・」

沖田のぼやきに、原田が苦笑で応える。

当初、鋼道の娘を救出に向う旨をいのりに伝えたところ、一緒に行くと言ってきかなかった。
幹部全員の粘り強い説得により、ようやく渋々ながら納得して、いのりは屯所に残る事を了承したのだ。

だが、本当の事を言えば新選組としても、今は鬼の抗争に首を突っ込む程の余裕もなく、
隊としての任務の他にも、御陵衛士からの報復への警戒など、忙しい事この上ない。
目下の目的を鋼道の娘の救出に絞り、沖田と原田に向わせ、人手が足らない分、
表向きは亡くなったとされている藤堂と山南も、駆り出される事になったのだ。

手駒の夜叉や、風間と袂(たもと)を分かった千紘とか言う鬼や、
何度も刃を交えた四十竹は、風間達と交戦中であるとの鋼道からの情報を元に、新選組は動いた。

警戒すべきはオズワルドだけだ。
オズワルドの下僕たるオグロは、飢えて戦力にもならない筈だ。
オズワルドとか言う夷狄の戦闘能力は分からないが、歴戦の猛者たる沖田や原田、
それに羅刹と化した藤堂と山南がいれば、何とかなるだろうと考えたのだ。

真っ暗な長い廊下を目を凝らし、息をひそめて進んで行くと、異臭が鼻を突いた。

「何だ・・・・この吐き気のする臭いは・・・・・」

「オグロだ」

五人の男達は文字通り飛び上がって驚いた。
最後尾から応えたのは、凛とした涼やかな女の声だったからだ。
振り向いて、直ぐさま精神を立て直した原田は、この声の持ち主を言い当てた。

「嵐か・・・・?」

原田の声に警戒の響きがない事に気付くと、沖田達は柄に掛けた手を離した。

闇になれた目に、嵐の姿がぼんやりと映る。
今日は潜入という事だからだろうか、いつもと違い、真っ黒な装束を身に纏(まと)っている。

「白か黒の装束しか持ってないのかよ・・・・。
 こいつの鮮やかな晴れ着姿を見てみたいもんだな・・・・」

と、原田は場違いにもそう思った。

嵐に会った事のない沖田や山南は、注意深くいきなり現れた若い女を見る。
藤堂も呆気にとられたように、嵐の無表情な凍れる美貌を凝視している。

そんな男達の視線を物ともせず、嵐は一番話が通りやすそうな、見知った原田に話しかけた。

「この屋敷にはオズワルドはいないぞ・・・・」

「なぁ、もう傷はいいのか?」

「は?」

原田の気遣う視線に、嵐は呆れた様な表情を見せた。

「その件については、不知火に伝えてもらったはずだ」

「不知火とはどういう関係だ?」

話がどんどん変な方向へ向かって行っているのに気付いた嵐は、ぽかんとしている他の男達に尋ねた。

「おい、この男は大丈夫なのか?状況を分かっているのか?」

「多分ね・・・・・ところで、君、誰??」

「俺の女」

「違う!!」

沖田の当然の問いに、何故か原田が即答し、嵐が直ぐさま異を唱えた。

「ちょっ・・・!!あんた声大きいよ!!」

「こ・・・・この男が、また変なことを言ったからだ!!」

慌ててたしなめた藤堂に、何故か顔を赤らめて嵐が抗議する。
その声に被せて、鋼道が短い悲鳴を上げた。

鋼道の視線を辿った先には、全身を剛毛で覆われた小太りな人型の生き物が、
ぎらつく凶暴な瞳でこちらを見据えていた。

「オグロ・・・・・!!」

嵐が説明と警告を含めた一言を叫ぶと、突如一陣の風となり、鋼道が飛び出した。

「むぅすぅめぇを〜〜〜〜〜返せえぇえぇええええ!!!」

絶叫と共にオグロを床に蹴り倒し、馬乗りになると両拳を振り上げ、強烈な連打を見舞った。
激しい殴打を連続的に喰らい、オグロは息も反撃も出来ぬまま絶命した。

「ふぅ・・・・・危なかった・・・・・皆さん、ご無事ですか?」

飛び散ったオグロの血を全身に浴びた鋼道は、にこやかな笑顔で振り返る。

(・・・・危ないのはあんただよ・・・・・!!)

内心皆そう叫んだが、幸いにも鋼道は読心術を習得していなかったようで、
藤堂達の引きつった表情は、オグロへの恐怖と勘違いしてくれたようだ。

「では、皆さん、注意して進みましょう・・・・」

「お・・・・おう・・・・」

そう返事したものの、藤堂達の心境は複雑だった。

(な・・・・なぁ総司・・・・俺たち必要なかったんじゃねぇか?)

(・・・・・・多分ね)

(やっぱ鬼だ・・・・あの人・・・・)

藤堂の囁きに、沖田も何故か疲れた様な顔で応じた。

二人の後ろを歩いていた原田が、思い出したように隣の嵐に話しかける。

「所で嵐。
 お前も鋼道さんの娘さんを助けにきたのか?」

「そんな事がある筈なかろう。
 私はオズワルドの真の目的を暴くべく、風間殿に依頼されてここへ来たのだ」

「・・・・・・風間とはどういう関係だ?」

「またそれか・・・・」

嵐はうんざりしたように、半眼で背の高い原田を仰ぎ睨んだ。

「お前には関係のない事だ。気にするな」

「気になるんだよ」

「だからっ・・・・・!!」

「痴話喧嘩は事が済んでからにしてもらえますか?」

「痴話・・・・・!?」

半ば嫌味を込めて山南が溜め息を突くと、原田が直ぐさま頭を下げた。

「ああ・・・・済まねぇ。山南さん・・・・」

「原田!!何を謝る!!否定せんか!!」

美しい顔を羞恥心で赤く染め、原田に詰め寄るが、当の原田はそんな嵐に満足そうに笑う。

「お・・・・いいねぇ。表情が豊かになってきたじゃねぇか。
 照れた顔も綺麗だな」

「誰が照れておるか!!」

「・・・・しっ!!」

山南が鋭く二人の戯れに水を差す。

枝を折る様な鈍い音や、液体をすする音など、様々な不快な音が耳に入ってきた。
異様な気配に二人も気付き、前方の闇に目を凝らす。

そこには空腹に耐えきれず、共食いをはじめたオグロ達の姿があった。
あまりにも壮絶な光景に、嵐は悲鳴を上げそうになったが、直ぐさま自ら口を手で塞ぎ、何とか堪えた。
側にいた男達も、声を上げすらしなかったが、背筋が凍る思いだった。

ふと、一匹のオグロがこちらに気付き、顔を上げた。

「・・・・・menina(メニーナ)・・・・」

擦(かす)れてくぐもった声だったが、他のオグロもぴくりと反応し、一斉に振り返り嵐の姿を捉えた。

「・・・・・menina(メニーナ)・・・・・」

「Estou com agua na boca・・・・・」

「Vou tirar a ・・・barriga da miseria・・・」

一体オグロ達が何を言っているのかは分からないが、嵐を見据えている
淀んでぎらついた瞳は、原田達に危険を察知させるのに充分だった。

そして、全てのオグロが嵐を凝視している事に気付いた原田は、
夷狄の人食い鬼達が飛びかかってくる前に、嵐の手を取り突然走り出した。

「俺たちがあいつらを引きつける!!その間に娘さんを探せ!!」

その場にいた人間と鬼は原田の意図を正確に察した。

オグロ達の好物は若い娘の人肉。
飢えに苦しみ、共食いをはじめていたオグロ達は、突如目の前に現れた
嵐という馳走に目がくらみ、他の侵入者など気にも止めなかった。
嵐が全てのオグロを引きつけてくれれば、鋼道の娘を捜しやすくなる。

どんな敵であろうと恐れる沖田達ではなかったが、不気味で醜い化物と好んで戦いたいとは思わない。
気持ちの悪い戦いを回避できれば、それに越した事はない。

嵐を追って、自分たちの脇を通り抜けて行くオグロ達に白刃を叩き込み、
数匹を斬り捨てると、そのまま走り抜け、沖田達はそれぞれ散り散りになって、捜索を始めた。

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ