月桜鬼 第二部

□吸血姫2
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吸血姫1からの続き

風間達が拠点としている京の端にある屋敷は、静まり返っていた。
屋敷にいるのは、戦闘に加わる事ができない千姫と、それを護衛する鬼達だけ。

薄雲がかかり、月の光が弱々しく振りそそぐ中、千姫は明障子を開け放ち、不安そうに外を眺めていた。

「姫様・・・・・お風邪を召してしまいます・・・・。早く床にお就きください・・・・」

気遣う様な声で囁いた菊月に、千姫は思い詰めた表情で首を横に振る。

「うん・・・・・分かってる・・・・・私は何も出来ない・・・・・。
 風間達の役には立たないわ・・・・・」

「姫様・・・・・」

「でも、だからって・・・・・何事もないように、眠ったりできないわ・・・・・」

菊月とて千姫の心情は手に取るように分かっていた。
だができれば、この心優しい真っすぐな性根の姫君には、
穏やかな日々を送って欲しいと願わずにはいられなかったのだ。

「・・・・・差し出がましい口をきいて、申し訳ありません・・・・。
 ですが、お体に触ります故、せめて温かくしてください・・・・」

「うん・・・・ごめんね・・・・・ありがとう、菊月・・・・」

殊勝に頭を下げる菊月に、千姫は柔らかい笑みで応える。
静かに菊月は千姫の寝所を辞すると、深々と溜め息をついた。

何者にも代え難い、大切で愛おしい姫。
菊月にとって、千姫は自分が生きる全てであった。
冷たく暗いひっそりとした鬼の里の中で、千姫だけは純真な温かい笑みで、
菊月のささくれ立った心を癒してくれたのだ。
目映い程の無垢な瞳で、卑屈になる事もなく、闊達に歩む千姫の姿は菊月の光だった。

だが、いつまでも千姫は菊月の光でい続けてはくれない。
風間と関わったお陰で、千姫は鬼の闇の部分に触れてしまった。
これ以上心根の優しい姫の気を煩わせる様な事は避けたがったが、千姫はここを離れる気はなさそうだった。

千姫は少しずつだが、風間に惹かれつつあるのだろうと、菊月は気付いた。
いつまでも自分を慕う、無邪気な少女ではいてくれない事は、菊月も分かっていた。
母の様な、姉の様な温かい心境で、菊月は千姫を想う。
ただただ、幸せであって欲しいと・・・・。

ふと、菊月の背後から凄まじい殺気を感じた。
咄嗟(とっさ)に体が反応し床を転がると、菊月は自分の直感が己の命を救った事を悟った。

振り向くと、そこには大きな体の赤毛の男が立っていた。
その手には異国の物なのか、見た事のない大きな刀が収まっている。
その目は冷酷な光を帯び、たじろぐ菊月をさも面白そうに眺めている。

「ほう・・・・・女鬼か・・・・・」

ぞっとする様な感情のない冷たい声が、菊月の心臓を撫でる。

瞬時にこの男に適わないと気付いた。
だが、だからと言って逃げる訳には行かない。
奥には千姫がいる。
この男の狙いが千姫である事は明白であった。
命を賭してもこの男の行く手を塞がねば・・・・・。
せめて、誰か援軍が来るまで・・・・・。

そう考えた矢先、夷狄の男は無情にも薄ら笑いを浮かべて、菊月の心をへし折った。

「この屋敷にはもう誰もいないぞ・・・・・全部俺が片付けた・・・・・」

菊月は内心の絶望を悟られぬよう、男を睨み刀を鞘から抜き去った。
死を覚悟した気迫のこもった菊月の瞳を、男は小馬鹿にしたようにさらりと受け流す。

「姫様!!曲者です!!お逃げください!!!」

必死にそれだけ叫ぶと、菊月は男に向って刀を繰り出した。

男は片頬で笑うと、菊月の渾身の一撃を躱(かわ)す事なく、腕をとって捻(ねじ)る。
肩まで響く激痛に耐えきれず、菊月の手から刀が滑り落ち、床に突き刺さった。

艶麗な顔を、苦痛に歪ませる菊月の腹を力一杯蹴ると、女鬼は堪らず後方へ吹き飛び、全身を土壁に叩き付けられた。
反射的に受け身を取ったものの、全身に痺れる様な重い痛みが走る。
力なく壁伝いに崩れ落ちる菊月を、嘲笑(あざわら)うかのように悠然と男は見下ろす。

(守ると・・・・命を賭けて千姫を守ると誓っておきながら・・・・・)

歯を噛み締めながら男を睨むが、全身を強かに打ち付けられ、力が入らない菊月を恐れる筈もなく、
赤毛の男は冷たい笑みでひと撫ですると、千姫の寝所へ悠々と歩みはじめた。

震える手で隠し持っていた苦無(くない)を取り出し、有りっ丈の力を込めて男へと投げつける。
しかし、大柄な男は緩慢な動作で振り向き、苦無を素早い動きで無造作に掴み取ると、
力なく壁に寄りかかっている菊月の肩へと、凄い勢いで投げ返した。

「あ・・・・!!ぐぅっ・・・・!!」

肩に深々と苦無が突き刺さり、焼け付く様な鋭い痛みが菊月を襲う。
霞む視界に、男が再び千姫への寝所へと踵(きびす)を返す姿が映った。

「ひ・・・・ひめ・・・さま・・・・にげ・・・・・」

消え行く意識の中、菊月はひたすら千姫の無事を願った・・・・・。

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