月桜鬼 第二部

□天満屋事件2
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天満屋事件1からの続き

夜、いのりは突然土方に呼び出された。
斎藤の身に何かあったのかと、締め付けられる様な不安を胸に、
恐る恐る土方の部屋へといのりは向った。

「・・・・・・あの・・・・・土方さん、いのりです・・・・・」

「おう、入れ」

襖越しの土方の声に、悲壮感も切迫感も感じられない。
取り敢えず、悲報がもたらされる訳ではなさそうだと察し、いのりは胸を撫で下ろす。
では、こんな時間に一体何であろうと、今度は小首を傾げながら
いのりは部屋へと入り、中にいた土方の前に静かに腰を下ろした。

「実はな、ちょっとお前ぇに頼みてぇ事があるんだ」

「はい、何でしょう?」

改まって話すという事は、何か重大な事があるのかと、 いのりは気を引き締める。

「今晩の天満屋の定時連絡は、お前に行ってもらいたいんだが・・・・・」

聡明ないのりにしては珍しく、すぐには土方の意図が分からず、きょとんした顔で見返した。

いや、言っている事は分かる。
斎藤が警護している三浦と共に、宿舎として天満屋に滞在している事も、
その天満屋へ監察方が赴(おもむ)き、逐次連絡を取っている事も知っている。
沖田が色々教えてくれたのだ。
それが何故突然自分が行く事になったのか、疑問に思ったのだ。

鬼相手ならまだしも、人相手であればいのりはただの非力な娘でしかない。
はっきり言って、足手まといの何者でもない。

「あの・・・・・・何故私なのでしょうか・・・・・?」

いのりの疑問に土方は、空とぼけた様な表情であらぬ方向を見た。

「ん・・・・・いやぁ、監察方がな、今日は違う護衛に付いたもんでな・・・・。
 人手が足らねぇんだ・・・・」

土方らしからぬ歯切れの悪い物言いに、いのりは軽く眉をしかめる。
何かを企んでいる事は分かる。
でも、それが何なのか分からない。

探る様ないのりの大きな瞳に、土方はつい沖田の事を話したくなるが、ぐっと堪えた。

「別に斎藤に会いたくねぇって言うなら、構わねぇぞ・・・・・・」

不機嫌そうにぽつりと呟いた土方の言葉に、
いのりは目を見開き徐々に頬を朱に染め、慌てて首肯する。

「あ・・・・・行きます!行かせてください!」

身を乗り出したいのりの素直な反応に、土方は安堵するやら気恥ずかしいやら。
苦笑を漏らしつつも、いのりに書簡を渡すと、

「あんまり遅くなるなよ」

とぽんと頭を撫でてやった。

「はい!・・・・・・あの・・・・・」

「何だ?」

「土方さん・・・・・・お心遣い、有り難うございます」

喜色満面の笑みで頭を下げるいのりに、土方は複雑な思いを抱く。

「あ・・・・・いや・・・・そんな、気にすんな」

沖田に口止めされている為、土方はいのりの謝意が心苦しい。

(俺からの心遣いじゃなくて、総司からの・・・・・な・・・・・)

いのりに気付いて欲しい様な気付いて欲しくない様な、もどかしい感情が土方の心に疼(うず)く。
慌てて支度をしに、部屋を出て行ったいのりの後ろ姿を、土方は微妙な表情で見送る。

「という訳だ。あいつの護衛を頼む」

気を取り直し、暗闇に向ってそう声を掛けると、少々不機嫌そうな声が応じた。

「了承しました・・・・・・ですが・・・・・」

「ああ、分かっている。今回だけだ。
 人の恋路に首を突っ込むとろくな事ねぇからな」

苦笑で土方が答えると、闇から気配がすっと消えた。



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