月桜鬼 第一部

□美月神社
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翌日になっても土方はどうも宮司の言が引っかかり、気になって仕方なかった。
アレと関係あるのか。
それがはっきり分かるまで、安心できない。

仕事が一段落した夕刻に、宮司に詳しい話を聞くため案内役の斎藤と、
面白がって付いてくる沖田を連れて神社に赴(おもむ)くことにした。

「遊びに行くんじゃねぇんだぞ」

沖田をひと睨みしたが、斎藤の時と同様沖田は全く意に介さない。

「あの子、凄い人見知りだからねぇ。
 土方さんを直視なんかしたら、卒倒しちゃうんじゃないかって、心配してるんですよ」

「てめぇ・・・・」

「副長・・・・・」

斎藤が眉をひそめて土方を呼び止める。

「何だ」

訝(いぶか)しげに斎藤を見やると、斜め前方を指差した。

指先に小高い丘がある。
いや、こんな日が落ちた中丘が見えるはずが無い。
それなのに丘の上に煌煌(こうこう)と明かりが灯っているのだ。
灯籠(とうろう)や行灯(あんどん)の明かりにしては明るすぎる。
慌てて三人は美月神社に急いだ。


* * * *


悪い予感は的中した。
目前で神社が激しい炎を上げ、燃えている。

「宮司は、この事を言っていたのか!?」

三人は急いで宮司といのりを探す。
もう拝殿も住居も火の山となり、中に人がいたとしたらもはや助かる事は無いだろう。

「宮司殿!!誰かおらぬか!?・・・・夏目!!」

斎藤が叫べども返事は無く、燃え上がる炎の轟音と崩れ行く社(やしろ)の悲痛な悲鳴だけが響く。

燃え盛る拝殿の裏手へ回ると、血溜まりに倒れている宮司と、その傍らで宮司を庇ういのりの姿が見えた。

その数歩先には男が一人立っていた。
真っ白な髪に、火の明かりを鋭く反射する様な真っ赤な瞳・・・。
斎藤は瞬時にそれが人ではない事が分かった。

右腕の指先から肘まで、べっとりと血に染まっている。
どうやら腕で宮司を貫いたようだ。

「裏切り者には・・・・死を・・・・」

男は薄気味悪い笑みを顔いっぱいに広げ、取り付かれた様な足取りでふらふらといのり達に近づく。

宮司に覆い被さり、いのりは身を挺(てい)して彼を守ろうとする。
少女は臆する事無くきっと男を睨みつける。
その目もまた、赤く輝いていた・・・・・・。

土方と沖田も反対側から裏へ回り込み、目にした状況で大体を理解した。
すぐさま抜刀し、三人は男に斬り掛かる。

だがこの男は不気味な冷笑を湛(たた)え、素早い動きで三本の刀をあっさりと躱(かわ)した。
間合いを取って対峙した男の手先をよく見ると、鋭く尖った鉄の爪が装備されていた。

(・・・これであの無頼漢達を・・・)

斎藤が得心していると、沖田が素早く動いた。
沖田の機敏さは男の予測を遥かに超えていたのだろう。
鋭い突きが避けきれなかった男の肩に傷を負わせると、男はすっと音も無く笑みと共に余裕を無くし、
どす黒い怒気を込めた赤い眼で沖田をとらえた。

「人間風情が生意気な!!」

男はそう吠えると、人間とは思えない力で腕を薙ぎ払ってきた。
咄嗟(とっさ)に刀で防いだ沖田だが、後方へ吹き飛ばされてしまった。
すぐに受け身を取り、男が繰り出す第二撃をさけるため体を捻(ひね)る。

「総司っ!!」

沖田に飛びかかり、鉄の爪を腕ごと突き立てようとした男は、横から飛び込んで来た土方の白刃に遮られた。

繰り広げられる激しい攻防戦の中、いのりが宮司にそっとにささやいた。

「宮司様・・・・お許しください・・・・・」

いのりが弾かれたように玉垣を飛び越え、火が燃え移り今にも崩れそうな本殿へ入り込んだ。

「おい!」

慌てて土方がいのりを呼んだが、少女は逃げ込んだわけでは無かったようだ。
再び姿を現したいのりの手には、鞘から抜かれた御神刀らしき太刀が握られていた。
美しい刀身は、激しく燃え盛る炎を映し出している。

いや刀だけでなく、いのりの目も燃える様な赤に・・・そして髪は桜色に染まっていた。
まるで古代の女神が降り立ったかのような神々しい姿に、皆の動きが止まり視線が集中する。

「・・・・・お前・・・・・あの娘か・・・・?」

思わず呆然(ぼうぜん)と少女の姿を見つめる土方に、隙ありと男が飛びかかる。
咄嗟に土方と男の間に割って入り、男の鉄の爪を弾き返した斎藤が少女に向って叫んだ。

「何をする気だ!!さっさと逃げろ!」

しかし、斎藤の声が聞こえなかったかのように、桜色の髪の巫女はふわりと跳躍(ちょうやく)し、男の前へ降り立つ。

「ほう!!こんなところで『修羅』に会うとは。
 穢(けが)れは穢(けが)れを呼び込むものだな!!」

いのりに対する男は、再び下劣な笑みを浮かべた。
桜色の髪の少女は顔色一つ変えず無表情のまま、突如地を蹴り男に打ち込む。
あっという間に男の懐に入り込み、鋭く刀を突き出す。
いのりと男は声を発する事なく、涼やかな金属音を打鳴らし、数合激しく切り込み合う。 

そして、雌雄は一瞬にして決した。

身を沈めた少女は一閃で男の腕を斬り飛ばし、弧を描くように刀を翻(ひるがえ)すと、
そのままがら空きになった男の胴を貫いた。

怨嗟(えんさ)の声をまき散らし、あっという間に体から蒼い炎を上げ、男は消滅していった・・・・・。
斬り飛ばされ男の体から別れた右腕も、蒼い炎を上げ消えていく。
その焼け跡に残ったのは、男の体から抜け落ち軽く地面に突き立てられた、御神刀のみだった。

目の前で起こった事が信じられず、三人の男達はただただ呆然と、男の最期を見届けた。

「・・・・一体・・・・これは・・・・・」

かろうじて斎藤が声を出すと、少女は躊躇(ためら)いがちにゆっくりとこちらに振り向いた。
妖艶な雰囲気を醸(かも)し出す少女の眼差しに、思わず斎藤達も身構える。

「ごめんなさい・・・本当に・・・本当に騙(だま)す気も、嘘をつく気もありませんでした・・・。
 でも・・・・知られたくなかった・・・・。
 静かに・・・ただ静かに・・・生きていたかっただけなんです・・・」

痛々しいほど悲しい笑顔を残すと、少女はそのまま焼け落ちる神社を背に、鎮守(ちんじゅ)の森の闇に消えていった。
それを見送ったように、宮司も青い炎を上げ消滅する。

夢の中にいるような面持ちで、以前燃え上がる神社の熱を受け、しばらくの間斎藤達は立ち尽くしていた。

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