月桜鬼 第二部

□それぞれの思い
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出た時と同様、いのりと斎藤はこっそり裏口から屯所へ戻ってきた。
何だか屯所内は、一角だけが慌ただしく、あとはひっそりと静まり返っている。

斎藤と見送りの約束を交わした後、いのりは急いで藤堂を探した。
無論、話をするためだ。
伊東達は夕刻には屯所を出発するため、時間がない。
焦る気持ちを抑え、尋ね歩いていると、ようやく中庭でぼんやりしている藤堂を見つけることが出来た。

「平助さん!」

駆け寄るいのりの姿を見た藤堂は、複雑な笑みを浮かべた。

「・・・・いのり・・・・ごめんな。
 まだ鬼のことや夜叉のこと、親父さんのこと・・・・・
 全然片付いてねぇのに、途中で放り出すようなことになっちまって・・・・・」

藤堂の心からの謝罪に、いのりは大きく首を振った。

「いいえ!いいえ、そんなこと、どうでもいいんです!」

「いや、どうでも良くはねぇだろ・・・・」

いのりの必死さに、思わず苦笑をひらめかせる。

「だって・・・・・・」

色々と聞き出そうと考えていた いのりだったが、
いざ、思い悩んだ藤堂を前にすると、旨く言葉が出なくなってしまった。

そんないのりの様子に気付いた藤堂は、大人びた優しい笑みを浮かべ、自ら口を開いてくれた。

「・・・・・・俺は・・・・この国が好きなんだ」

「はい」

「俺の生まれ育った国だし、大切な仲間もいる」

「はい・・・・・」

「何よりも、俺の大好物の寿司がある!!」

不意のおどけた口調に、思わず いのりは吹き出してしまった。
それに気を良くした様に、藤堂は穏やかな表情で語りだす。

「だから、俺はこの国を守りたい。
 そのためには、居心地のいい・・・・・ぬるま湯につかってちゃ、駄目だと思ったんだ」

「ぬるま湯?」

「ああ、俺の背中には、必ず左之さんとか新八っつぁんとか、頼もしい味方がいる。
 だから、俺は無意識のうちに、皆に甘えてるんじゃないかって思えてきたんだ・・・・」

「そんな・・・・・」

異を唱える様に、 いのりが顔をしかめると、藤堂は困った様に微笑んだ。

「いや、そうなんだよ・・・・。
 別に皆に背を預ける事が、恥とか言ってるんじゃない。
 このまま頼ってばかりじゃ、俺はいつか皆の背中を守れる程強くなれないって思えてきたんだ・・・・。
 だらだらと居心地のいい場所にいるんじゃなくて、ちゃんと俺はどうしたいのか、
 どうすべきなのか・・・自分の頭でしっかり考えたい。
 確実なものを手に入れる為に、ここを離れるべきだと思ったんだ・・・」

「平助さん・・・・・」

「それに本当に国を思うなら、国内で思想の違いで争うなんて、馬鹿馬鹿しいじゃんか。
 お互いにこの国を、守りたいって思いを抱いている事は、確かなんだからさ・・・・・」

それはその通りだとは、いのりも思う。
だが、それぞれの正義が常に日の当たる場所にいられる訳ではない事も、いのりは分かっていた。
日向にいるものもあれば、日陰に追いやられるものもいる。
それは、京の治安を守るべく命を賭して戦ってきた新選組に対しての、京の人々の反応でよくわかる。
藤堂もそれを承知のはずだ。

全てが認め合え、許し合える世界など、存在するのだろうかと、いのりは暗い思想に取り込まれつつあった。

「・・・・だから、俺、伊東さんを止めたいんだ」

「・・・・え?」

藤堂の意外な言葉に、いのりは驚いた。
いのりの表情に、藤堂は少し傷ついた様に口を尖らせる。

「なんだよ。俺だって、伊東さんが近藤さんに何かしようとしてるって事ぐらい、気付いてるさ」

「・・・・・すみません・・・・・」

「・・・・謝んなよ。
 やっぱりいのりは俺がなんも知らないで、
 ふらふら伊東さんについていこうとしてたって、思ってたんだな」

「・・・・・え・・・・・いえ・・・・その・・・・・」

「ああ、いいって、いいーって。そうだよなぁ。
 俺ってどう見ても短慮に敵陣に突っ込んだりとか、
 馬鹿騒ぎして土方さんに拳骨もらう様な奴だもんなぁ。
 そう思われてもしょうがないよなぁ」

しどろもどろになってしまったいのりに、
藤堂はむくれた様に溜め息をついたが、突然吹き出すと穏やかな顔を上げた。

「ま、なんだ・・・・・その、俺もちゃんと色々考えてるからさ。
 ・・・・・・それほど心配するなよ」

いつもの様な晴れ晴れとした明るい笑顔を、藤堂はいのりに向けてくれた。

「はい!」

嬉しそうに首肯するいのりに、藤堂は少し照れた様に頭を掻いた。

「いや・・・・まぁ、そんな風に考えられたのも、ついさっきで・・・・・
 いのりと話してるうちに・・・・・・なんだけどな・・・・・」

不思議そうな顔をするいのりを、眩しそうに見やって、藤堂は目を逸らした。

「なんかさ・・・・・いのりと話してると、
 もやもやしたものがすっきりするっていうか・・・・
 何か・・・・良いよな?」

「??そうですか?よくわかりませんが、
 平助さんのお力になれたとしたら、本当に嬉しいです」

清々しい笑顔を浮かべ、いのりは藤堂に向き合った。

「平助さん・・・・・どうかご健勝で・・・・・・。
 怪我などには本当に、お気をつけてくださいね」

「ぷっっ!何だよ、やっぱ俺って、怪我ばっかしてるように見えるのか?」

困った様に笑い、藤堂は茶化す口振りで軽口を叩く。

「まぁ、皆の事よろしく頼むよ。
 どうせ俺がいなくなったら、皆寂しがって、毎日がお通夜みたいになっちまうだろうからな!」

いのりはそれを身に染みて分かっている。
藤堂が江戸へ行っている間、新選組の幹部達の静まり返り具合は、目を見張るものがあった。

「平助さん・・・・・」

「ん?」

「平助さんは・・・・・新選組にとって・・・・・なくてはならない人です。
 ・・・・・その事だけは・・・・・どうか忘れないでくださいね・・・・・」

長い長い沈黙の後、藤堂は静かに頷いた。

今も、そしてこれからも、藤堂は新選組にとって、何者にも代え難い、大切な仲間なのだ。
それを伝えれば、きっと藤堂を困らせ悩ませるだろうと、
いのりはずっと、伝えたかった言葉を飲み込んできた。
だが、藤堂の揺るぎない真っすぐとした目を見て、それは間違いだったと思い直した。

あえていのりが言葉にしなくとも、藤堂にとっても新選組は、掛け替えのない大切なものの一つなのだ。
だからこそ悩み、苦しんでいる。
藤堂は人の言葉ですぐ揺れる程、弱くはない。
だが、最善を尽くす為の努力は惜しまない若者だ。
それ故にこそ、色んなものを見て、聞いて、考え、自分なりの答えを出そうと、もがいているのだ。

きっと藤堂なら、自分らしい答えを出すはずだと、いのりは信じようと思った。
だが、この国の状勢は刻々と変わってきている。
この時代の流れは、藤堂が答えを探し当てるまで、待っていてくれるのだろうか。
それだけが、不安だった・・・・。

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