月桜鬼 第二部

□月読みの
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鬼の気配がなくなり、辺りは穏やかな静けさを取り戻した。

「いのり・・・・?大丈夫か?」

未だ胸元に顔を埋(うず)め震えているいのりを気遣い、斎藤は優しく声を掛ける。
顔を上げる事無く、いのりは頷く。
見た所怪我も無いようで、斎藤は安堵した。

何かあったのだろう。
いのりは斎藤から離れる様子も無く、ただただ小さく震えている。
両手でしっかり抱きしめてやりたい所だが、生憎左手にはまだ刀を持っている。
鞘に納めたいのは山々だが、いのりにしがみつかれて、それも出来ない。

困った顔でしばし思案すると、斎藤は地面に刀を突き刺し、
開いた両手でしっかりいのりを抱きしめた。

「いのり・・・・・元気だったか・・・・?」

いのりの艶やかな黒髪に口づけるように、斎藤は囁いた。
斎藤の腕に包まれながら、いのりはこくりと小さく頷く。

ずっとずっと会いたかった愛しい娘。
その娘が今、自分の手の中にいる。
柔らかい感触、温かい体温、甘い香り・・・・。
乾いた斎藤の心がどんどん満たされていく・・・・・。

「・・・・・斎藤さん・・・・・」

不意にいのりが口を開いた。
少し腕の力を緩め、斎藤はいのりの顔を覗き込む。

「どうした?」

すると、いのりはぱっと顔を上げ、涙で潤んだ大きな瞳で斎藤を見上げた。

「いつ・・・帰ってきますか?まだ帰れませんか?・・・・」

・・・・・・油断していた。
澄んだ瞳で無防備な心臓を射抜かれた斎藤は、
これ以上いのりの顔を直視できず、顔を赤くしてそっぽを向いた。

「あの・・・・我儘なのは分かってますが・・・・あの・・・・私・・・・」

「・・・・・くれ・・・・」

「・・・・え?」

聞き取れず、いのりは不思議そうに小首をかしげた。

「・・・・勘弁してくれ・・・・・」

「・・・・斎藤さん?」

「・・・・・そんな可愛い顔をされては・・・・・
 我慢できなくなる・・・・」

斎藤の言葉に、いのりも顔を赤くする。


* * * *


いのりは自分のどこが可愛いのか、
斎藤が何を我慢できなくなるのか分からなかったが、
斎藤が自分を愛おしいと思ってくれている事は、感じ取る事が出来た。
すると何だか気恥ずかしくなり、再び斎藤の体に顔を埋めた。

剣術で鍛えられた引き締まった体、自分をしっかり抱きしめてくれている力強い腕、
・・・・そして何よりも斎藤の匂いを感じる。
斎藤の匂いに包まれると、いのりの心臓は早鐘のように打つが、心はとても落ち着くのだ。

いのりもまた、ずっと斎藤に会いたかったのだ。

自分が思っていた以上に、寂しい思いをしていたのだと、
斎藤を恋しがっていたのだといのりはようやく気付いた。
斎藤が自分の側にいてくれる事を感じる今、何かが欠けていた心が満たされていく。
湧き出る温かい、そして胸が苦しくなる感情。

この感情を何と言うのかは、いのりは知らない。
だが、斎藤の側にいたい。
そんな思いだけは間違いなく、いのりの中に確かに存在していた。

神々しい月明かりの下(もと)、離れていた分の何かを埋めるかのように、
二人が満たされた沈黙の中で抱き合っていると、遠くから人の声が聞こえた。
はっと気付き、慌てて二人が離れる。
声の主は恐らく、土方と沖田だろう。

すると、斎藤はいのりの手を取った。

「すまない、いのり、今はまだ戻れん。
 だが、もう少しだ・・・・・。
 もう少しで俺は帰れる。
 それまで・・・・待っていてくれ」

いつもと変わらぬ斎藤の誠実な瞳に、いのりは嬉しさを感じ、微笑んで首肯した。

「はい・・・・・待ってます」

確かな気持ちを受け取ると斎藤は満足そうに頷き、地面に刺さった刀を引き抜いて、すっと月夜に紛れて消えていった。


* * * *


斎藤の足取りは軽かった。

間に合って良かった・・・・・。
山崎からの連絡を受けて、すぐに駆けつけて良かった・・・・。

そして何より、自分がいのりを恋しいと思うように、
いのりもまた、自分を恋しいと思っていてくれていた。

今まで味わった事の無い悦びだ。

別に事情を知っている土方達に見つかっても差し支えなかったが、
今の満たされた幸せな気持ちを、高揚した気分を悟られたくはなかったのだ。

油断するとつい緩みがちになる頬を必死に抑え、
何食わぬ顔で御陵衛士の屯所へ戻った斎藤は、
ここに来て初めて深い眠りについた・・・・。





月読みの 光に来ませ あしひきの 山きへなりて 遠からなくに  
湯原王 万葉集

(月の光の中を来てください。山を隔てて遠くというわけではないのだから・・・・)



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