月桜鬼 第二部

□君がため
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強い信頼を込めたいのりの言葉に、斎藤は自分は幸せ者だと思わずにいられなかった。

大切なものが・・・・守りたいものがここにある。

己の未熟さのあまりに、人を斬り殺し家名を穢(けが)し、
もう武士にはなれぬと一時は刀を手放そうと思っていた。
だが、それでは自分の面目を顧(かえり)みず、息子を逃してくれた父に申し訳が立たないと思い直した。

立派な武士になる。
それが父と息子との間に交わされた約束。

斎藤は思い悩んだあげく、一から出直そうと世話になった京の道場を出て、
壬生浪士組で土方達の力になると誓ったのだ。

身分家柄関係なく、己の力量のみで立派な武士になるべく、
武士として自分の守るべきものを見いだすべく、斎藤は生きて来た・・・・。
そうして見つけたのだ。自分の守るべきものを。

守りたいと思った。
この愛しい娘を、自分の居場所である新選組を・・・・。

以前の斎藤なら、その為なら死んでも良いと考えていた。
『葉隠』の言う「武士道と云ふは、死ぬ事と見つけたり」ではないが、
いかに散り際を美しく、見事な最期を迎えるか。
そんな事ばかり考えていた。
守るべき者の為に命を落とす事は、大変立派な名誉なのだと。
それが武士だと思っていた。

だが、今では違う。

いのりの笑顔を見て、いのりが自分の名を呼んでくれるのを耳にし、
いのりに触れ、温もりを感じ、痛切に思った。

生きたいと。
この愛しい娘と共に、生きていきたいと・・・・。
自分の居場所である、新選組の中で生きていきたいと・・・。

「君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな・・・・か・・・・」

「・・・?斎藤さん?」

「いや、何でも無い・・・・さぁ、話は終わった。 ・・・・・約束通りちゃんと寝ろ」

優しくも反論を許さぬ声に、 いのりは渋々頷いた。
その返答に満足した様な斎藤の顔を見て、いのりは思い詰めた表情で謝罪した。

「斎藤さん・・・・ごめんなさい・・・・」

「何がだ?」

「人の過去は・・・・・詮索するものではないと、父に言われていたのに・・・・」

申し訳なさそうないのりの顔を見て、斎藤は静かに首を振った。

「いや、別に隠し立てする事でもない。
 過去の己と対峙する良い機会にもなった」

「・・・・・本当に・・・・ごめんなさい・・・・・。
 過去を話す事は、とっても辛い事でもあるのに・・・・」

切なそうな表情でいのりはじっと斎藤の瞳を見つめた。

「それでも・・・・斎藤さんが辛い思いをするかもしれないと思いつつも・・・・
 私、知りたかったんです・・・・」

「・・・俺の・・・・事を・・・?」

「はい・・・・だって・・・・過去の斎藤さんがあるから、今の斎藤さんがあるのでしょう?
 だから・・・・私にとっては・・・・とても大事なんです・・・・。
 過去の斎藤さんも・・・・今の斎藤さんも・・・・」

「なら、あまりにも未熟で愚かで、落胆しただろう・・・・?」

「いいえ!いいえ、そんな事ありません!!」

自嘲気味に斎藤が苦笑すると、 いのりは半ば体を起こしかけ、必死に首を横に振った。

「始めから成熟している人なんていません。
 土方さんも言ってました。
 子供っていうのは、思い上がって挑んで、鼻っ柱を折られて、恥かいて、泣いて、
 また向っていくのを許されてるものだって・・・。
 そうやって皆強くなっていくもんだって・・・・」

この場にいない土方に見透かされたようで、斎藤は恥じ入り、顔を赤らめた。

土方達には、何故自分が江戸を出て京に来たかを、詳しく話した事は無かった。
だが、同じく江戸を故郷とする者同士、帰郷の際に大体の事を耳にしてはいただろう。
それでも土方達は、斎藤に真相を確かめたり、内情を問い質したりはしなかった。
おそらく、過去の経緯はどうであれ、それを乗り越えようとしている自分を認めてくれた事に、相違ないと思われた。

(全く俺は至らないな・・・・)

斎藤は己がどうあるべきかと、自分を律する事ばかりに気をとられ、人の言動にあまり興味が無かった。

興味が無い事と、洞察力が無いこととは同義ではないため、斎藤の能力が低いわけではないが、
それでも人との接触を積極的に行う事はしてこなかった。

新選組のため、いのりのために動く事ばかりに執着し過ぎて、
土方達が、いのりがどれほど自分を見てくれているかなど、知ろうともしなかった。

それでは、独りよがりと言われても仕方ない。
全く、何と視野の狭い、未熟で愚かな事か。

斎藤が気落ちしていると、いのりが労るように、優しく微笑んだ。

「それで・・・・・私・・・・過去の斎藤さんには何の力にはなれませんけど、辛い過去を含めて・・・・
 前に進もうとしているこれからの斎藤さんになら・・・・少しは力添えできるかなって・・・・」

「・・・・いのり・・・・・」

熱い思いがあふれ、斎藤がぎゅっと小さな手を握り直した。

この思いをどう伝えたら良いのだろうか。
ただただ、愛しかった。

過去を含めての自分を大切だと言ってくれた、この健気な娘に、
これからの自分を信じ、力になりたいと言ってくれた、この愛しい娘に、
どんな言葉を紡げば思いが届くのだろうか・・・・。

しばし目を閉じ思案していると、斎藤の耳に静かな寝息が届いた。

「・・・・・・・」

目を開けてみると、あどけない寝顔を見せいのりはいつの間にか眠っていた。
あまりの寝付きの良さに斎藤は拍子抜けしたが、穏やかないのりの寝顔に自然と笑みがこぼれた。

人の心はそれぞれ違う。
感じ方も捉え方も。

それを考慮する事が疎ましく、あれから人を避けて生きていたが、それでも人を愛する事は避けられなかった。

「・・・・俺が死んだら・・・・・
 お前は一人でいろんなものを、背負わなくてはならなくなるのだな・・・・・」

簡単には死ねない。
そう斎藤は思った。

このような心優しい、愛しい娘一人残して、簡単には死ねないと・・・・。





※君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな

君が僕の事を想ってくれるなら、この命だって
惜しくないと思っていた。でも、いざ君が想ってくれると
少しでも永く、この幸せの中で生きたいと想うようになった・・・・。



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