月桜鬼 第二部

□始動
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「伊東が動いた」

土方の言葉を、集まった沖田、原田、永倉、井上、山崎の面々は、それぞれの表情で受け取った。

ある者は不敵な笑みで。
ある者は目を閉じて黙考して。
ある者は引き締まった表情で。

「それぞれ思う所があるだろうが、これ以上伊東を野放しにする気はない。
 先手を打つつもりだ」

「暗殺ですか?」

臆する事無く沖田は、平然と問いかける。
いや、問いかけるというより、確認するような落ち着いた口調だった。
土方は口に出しては何も言わず、黙って沖田を見返した。
それは肯定を意味しているのだと、その場の誰もが理解した。

「失礼します」

涼やかな凛とした娘の声で、張りつめた空気が一気に溶解した。
先ほどまでの、物騒な雰囲気に気付かなかったかのように、いのりはにこやかに皆に茶を出す。
皆に配り終え、すぐさま退室しようとするいのりを土方は呼び止めた。

「お前を巻き込んですまなかったな・・・・・。
 だが、それももう終わる」

いのりは土方が何の話をしているのか、すぐに理解したが、それが何を意味するのかが分からなかった。

「何が・・・・起こるのですか・・・・??」

「伊東さんの暗殺だよ」

堂々とにこやかに言ってのけた沖田に、皆が息を飲む。

「・・・・・近藤さんを守る為だ・・・・」

理解を求めるように、土方は苦し気な顔でいのりを見やる。

(平助さん・・・・・伊東さんを、止められなかったんだ・・・・)

藤堂の笑顔を思い出し、いのりは何だか胸が締め付けられたように苦しかった。

だがいのりは、この決断に異を唱えられる程の緒論など、持ち合わせてはいなかった。
それにこの様に全てを話してくれるのは、ただ単に
土方が巻き込んでしまったいのりに対して、責任を感じているからに過ぎない。

いのりは真っすぐ土方の目を見つめ、全てを了承したという思いを込めて、静かに頷いた。
少し安堵したように表情を緩めた土方だったが、すぐに気を引き締める。

「十一月十八日。近藤さんの妾宅で伊東と会う。
 その時が勝負だ・・・・・」

「今度こそ、後手後手に回らねぇようにしねぇとな」

溜め息まじりに永倉が呟いた。

「まぁ、そう言うわけで、近々斎藤が戻ってくる」

土方の一言に、いのりが大きく目を見開いた。
それに気付き、土方はつい笑みを浮かべる。

「機会を見計らっての脱走だからな。
 日程は不明だし、危険が無いとは言えねぇが、あいつの事だ、上手くやるだろう」

嬉しそうに頷くいのりの頭を、原田が優しく撫でる。

「良かったな、いのり」

「はい!」

「寂しかったもんな」

「はい!・・・・・・・え?」

つい原田の誘導によって本音を漏らしてしまい、自分の迂闊さにいのりは顔を真っ赤にして俯いた。
あまりの恥ずかしさに身を縮ませているいのりを宥めるように、
原田がニヤニヤ笑っていのりの頭をぽんと軽く叩く。
それを見て、殺伐とした話し合いの空気が一気に和み、爆笑の渦が巻き起こった。

たった一人を除いて・・・・・。

「で、伊東さんは殺しちゃうんだろうけど、他の衛士達は?
 一緒に殺しちゃいますか?」

沖田の冷酷な声が、和やかな雰囲気を一気に凍り付かせた。

元々間者として御陵衛士に参加していた斎藤は、戻ってくる。
だが、試衛館時代からの昔馴染みの仲間の一人は、自らの意志で伊東について御陵衛士となっている。

「土方さん・・・・平助は?どうするんだ?」

険しい表情で永倉が土方を見つめる。
その視線を受け止めきれず、土方は眉間に皺を寄せ、吐き捨てた。

「邪魔立てするなら・・・・・斬るしかねぇだろう・・・・!」

そう言い放つと、その場の空気に居たたまれなくなったのか、
土方はいきなり立ち上がり、荒々しく障子を開け放ち、部屋を出ていこうとした。

「・・・・・何の真似だ・・・?」

突如いのりが、土方の目の前に立ちふさがったのだ。
その目は凛とし、土方を批難するわけでも、憐れむわけでもなく、ただ、真っすぐな強い光に満ちていた。

「・・・・土方さん、私に何かお願いする事があるんじゃないですか?」

静かないのりの声に、土方を含め部屋にいる者全てがはっと息を飲んだ。
だが、土方はすぐに精神を立て直し、いのりを睨んで空とぼけた。

「・・・・・何の事だ?」

「私に頼めば良いじゃないですか。平助さんを取り戻して来いって」

聞きたくない言葉を言われ、土方の瞳に怒りが沸いた。

それが出来ればこれほど苦しまなかった。
誰が好き好んで、仲間だった藤堂を斬れなどと言うだろうか。
だが、土方は鬼になると決めたのだ。
近藤を、新選組を守る為に、鬼になると。

「俺は新選組副長だ!成すべき事を成すだけだ!
 公私混合してるんじゃねぇ!」

「公私混同しているのは、土方さんの方です!」

いのりは負けじと言い返す。

まさか反論してくるとは思っていなかったのか、土方は呆気にとられ、
自分を睨むいのりの澄んだ瞳を思わず見つめた。

「私は新選組の隊士じゃありません!
 だから・・・・土方さんが私的なお願いをしても、良いんですよ?」

柔らかい、諭す様ないのりの声に、土方の心が穏やかに静まっていくのを感じた。

「鬼になるという事は、心の無い冷酷な獣(けだもの)になるという事ではないでしょう?
 鬼にだって心はあります・・・・・」

優しく響くいのりの言葉が、静かに土方の荒(すさ)みきった心を包み込んでいく。

「さ、言ってください。
 平助さんを取り戻して来てくれって・・・・。
 私は、新選組の鬼の副長の命令ではなく、
 土方歳三という方の個人のお願いなら、お力になれますから・・・・」

温かないのりの笑顔に、この娘の前では
もはや鬼の面を着ける事など、全く無駄なのだと土方は思い知った。

苦笑と共に溜め息を吐き出すと、土方は澄んだ笑みを浮かべるいのりを見下ろした。

「いのり・・・・・・すまねぇが、平助を連れ戻して来てくれ・・・・」

「承知しました」

満面の笑みで快諾すると、いのりは舞うように身を翻(ひるがえ)し、自分の仕事に戻っていった。

「・・・・・本当に・・・・・あいつには適わねぇ・・・・・」

土方が呟いた声には深い感謝の意が込められていた。
何度あの娘の素直で温かな強い心に、救われて来ただろう。
藤堂をどうやって見逃そうかと考えていた永倉と原田も、安堵したように笑顔を浮かべた。

自らの意志で御陵衛士となった藤堂を、いのりはどのようにして取り戻すのか。
また、本当に連れ戻せるのか、不安の種は尽きないが、何となくいのりに任せるべきだと、
いのりでないと出来ない事なのではないかと、皆感じた。

そんな柔らかく温かな光を身に纏(まと)ういのりの姿が、今の沖田には眩すぎて息苦しかった・・・・。



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