月桜鬼 第二部

□暗殺
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ほろ酔い気分で夜道を歩いていた伊東が、ふと足を止めた。

「原田君、永倉君・・・・・私は貴方達の事を、本当に高く評価していたのですよ。
 近藤さんに付くという判断以外は・・・・」

その言葉に反応したように、家屋の影から原田と永倉が静かに姿を現した。

「そりゃどうも」

感情を一欠片も込めず、永倉が面倒そうに答える。
原田も無表情で口を開く。

「俺たちはただ、居心地の良い場所にいたいだけだ」

「そういう安直な判断に疑問を持ったのが、藤堂君ですよ」

「そう思わせたのはお前だろうが!!!」

永倉の表情に怒りが閃いた。
今にも飛びかかりそうな永倉を制し、原田が一歩前に出る。

「俺たちは平助の決断にケチをつける気はねぇ。
 あいつも一端(いっぱし)の武士だ。
 てめぇの先はてめぇで決めるさ。
 それで散るならそれも結構。
 見事だと笑って送ってやるさ。
 だがな・・・・・」

原田の顔に険悪な影が浮かぶ。

「お前があいつを利用してるっていうなら話は別だ。
 てめぇの良いように、平助を使わせねぇよ!!」

「ほほう・・・・私が藤堂君を利用していると??」

しれっと空とぼける伊東が、更に原田の怒りを煽る。

「近藤さんの暗殺を暗に命じて、平助を追い詰めただろうが!!お前はあいつをどうしようってんだ!?」

先日帰還した斎藤から告げられた話を叩き付けられても、伊東は平然と表情を崩す事は無かった。
それ故に更に原田の苛立ちは増していく。

伊東は藤堂に囁いたのだ。

「近藤さん一人の首を差し出せば、他の隊士達へは何の危害も加えません。
 それどころか、残った彼らを新しい組織に組み込む事も視野に入れましょう。
 このまま私たちと新選組が対峙していては、夷狄からこの国を守る事もままなりません。
 ここは私心を捨てて、大局を見ましょう。
 この国の為です。
 たった一人、近藤さんたった一人の命で、我々との和解の道が・・・
 国を救う道が、開けるかもしれないのですよ?
 それとも昔馴染みの命を惜しみ、私たちを・・・この国を卑劣にも裏切りますか・・・・?」

論理としては無茶だと思いつつも、未だ揺れ動いていた藤堂を揺さぶるには充分だった。
無数にあるはずの選択肢を、わざと少ないように思わせ、詰め寄り迫り苦しめる。
そして光明が見えなくなった所で、自分が救いの手を差し伸べる。
すると誰でも伊東に縋(すが)り、助けを乞う。
実直で誠実な人間ほど、伊東に傾倒していく・・・・・。

藤堂は実力もあり、門下生として伊東が可愛がっていた若者だ。
だが伊東の下を去り、近藤たち新選組の仲間を得てから、どうも扱い辛くなった。
折角、有力な同志となるはずだったのに、・・・・・。
ならば手駒として利用するまでだ。
大義の前では、それも止む無しと伊東は割り切った。

近藤の暗殺など、藤堂が実行できるはずがない。
そして自分たちを裏切ることもできないだろう。
それが分かっているからこそ、伊東は怪しげな笑みを浮かべて藤堂を追い詰める。
その心を掌握し、操る為に・・・・・。

「元の仲間を斬らせる事が、どれほど卑劣で非道なのか分かってんのか!!」

「貴方方(がた)に言われたくはないですね・・・・・」

初めて伊東の表情が崩れた。

伊東のその静かな声に、歴戦の猛者(もさ)である原田と永倉でさえ、
背筋に悪寒が走る様な薄ら寒さを感じた。

「組を出ようとする者には、温情もなしに死を申し渡し、
 仲間を使って羅刹などと言う化物を生み出し、使令として使えねば斬り殺す・・・・」

「・・・・!!なんで・・・・・それを・・・・!!」

原田も永倉も、驚愕で目を見開く。
まるで心を凍れる真実の刃で貫かれたように、全身に衝撃が走る。

反論しようも無かった。
折れそうになる心を何とか踏みとどまり、二人は刃を構える。

冷ややかに対峙する二人の男を見やり、伊東は蔑むように吐き捨てた。

「秘密を持っているのは自分達だけだと・・・・
 特別なのは自分たちだけだと、思っているんですか?」

高らかに伊東は哄笑すると、懐から取り出した深紅に揺れる液体の入った硝子の小瓶を、
蒼白い月光にかざした・・・・・。




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