月桜鬼 第二部

□望む未来
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屯所を出て暫く歩くと、橋のたもとに小柄な人影が見えた。
月光が作った影でその人物が誰なのかよく見えず、
近くに寄りながら目を凝らすと、見知った一人の娘の姿が浮かび上がった。

「いのり・・・・?何でこんな所に・・・・」

驚き呟いた藤堂だったが、これが全くの偶然ではない事は直ぐさま理解できた。

「どういう事?一君」

眉をひそめ振り返った藤堂に、斎藤は無言で応じる。
答えたのはいのりだった。

「平助さん・・・・」

久しぶりに聞いた澄んだいのりの優しい声が、藤堂の耳に心地よく響く。

「平助さん・・・・一緒に・・・帰りましょう?」

何処に?と問う必要は無かった。
彼女が言う帰る場所は一つしか考えられなかった。

何も答えず、唇を噛み締め俯く藤堂に、いのりは大きな溜め息をついた。
いのりは藤堂の心情を正確に読み取ったのだ。

藤堂を支配していたもの。
それは迷い。
御陵衛士を出る迷い。
新選組に戻る迷い。

新選組を出る時も散々悩んだのに、迷ったのに、
未だに何を迷うのかと、藤堂自身が呆れるほどだ。

それは今までは見えなかったものが、見える様になってしまった・・・・
大人になってしまったと言う事なのだろうか・・・・。
もう、我武者らに自分の思うがままには動けない、
自分の行為にそれなりの役割や責任が、のしかかる様になったと言う事なのだろうか・・・・・。

「分かりました。三択にしましょう」

何を言っているんだと言わんばかりに怪訝(けげん)な表情で、
藤堂はまじまじといのりの凛とした顔を見つめる。
だが、いのりもふざけている様子でもなく、表情は至って真面目だった。

「御陵衛士として近藤さんを斬る、と言って私に引っ叩かれるか、
 新選組の皆に会わせる顔がないから帰れない、と言って私に引っ叩かれるか、
 どうして良いか分からないからとりあえず自分探しの旅に出る、と言って私に引っ叩かれる。
 どれにしますか?」

「どれにしても、俺、引っ叩かれるじゃん!!!」

「それはそうですよ。
 そうでもしないと、本当に真面目な平助さんの事ですから決まりが悪いでしょうし、
 自分自身の心と折り合いがつかないでしょう?
 ・・・・・・だから、全てを切り替えるためには、これくらいしないと・・・・・」

本心を突かれ、藤堂の顔が苦しそうに歪んだ。

「平助さんが私の言葉に揺れ動いてしまうのは・・・・・弱いからじゃありませんよ?
 ・・・・・きっとご自分の心に気付いたからですよ」

「自分の心・・・・?」

「平助さんが、御陵衛士が自分の居場所ではないと、気付いたのでしょう?
 ・・・・・でなければ・・・・・そんな、辛そうな顔をするはず無いじゃないですか・・・・・」

いのりの声が優しく、藤堂の苦しく締め付けられた心を撫でていく。

「平助さんが、ご自分の道を歩むと決められたと思いましたから、
 新選組を出て行くとおっしゃった時、私はお止めしませんでした。
 でも、今の平助さんがご自分の本心を偽り、傷ついているというのなら話は別です」

「・・・・・いのり」

「戻りましょう?新選組に・・・・。
 皆待ってますよ?
 今ならまだ・・・・・・取り戻せます」



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