月桜鬼 第二部

□望む未来
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「そんな・・・・・今更・・・・・」

藤堂が悲痛な心内(こころうち)を絞り出す。

申し訳なかった。
皆を裏切る形で出ていった自分は、許されるはずが無いと思っていた。
なのに、皆は自分を待ってくれていると言う。
危険を承知で、いのりまでもが迎えに来てくれた・・・・・。

ここで皆の寛大な心に甘えて良いのだろうか・・・。
いや、良いはずが無いと、藤堂は自制する。
これ以上、甘えた自分でいてはいけない。
そう思ったからこそ、あの居心地の良い場所から抜け出たのに・・・・。

また戻ってしまいたいと思ってしまう・・・・・。

自分の判断を全て否定し何事も無かったかのように、
のうのうと皆の元へ帰れる程の図々しさは、藤堂は持ち合わせていなかった。
己への叱責を込め、苛立ちを込めて思いを吐き出した。

「今更・・・・出来るかよ・・・。
 これじゃ恥の上塗りじゃねぇか!
 俺が・・・俺がどんな思いで新選組を出たと思って・・・!!」

「それが・・・・・どうしたぁああぁ!!!!!」

迫力あるいのりの一喝に、藤堂のみならず、後ろに控えていた斎藤までが驚いて体をびくつかせた。

「平助さんの苦しみも!平助さんの辛さも!!
 私たちが分かるわけないじゃないですか!!
 平助さんが見ているものは、平助さんの目でしか見れないんですから!!」

必死に思いを伝えようと、いのりは藤堂に詰め寄る。

「ただ、皆さんが・・・・・・平助さんを必要としてるんです!!」

驚いたように目を見開き、藤堂はいのりの真摯な瞳を真っ直ぐ見つめた。

「だから・・・これからの話しをしましょう。
 ちゃんと私達と向き合ってください。
 平助さんは・・・本当はどうしたいんですか?何が一番の望みですか・・・?」

「・・・どう・・・したい・・・?」

力なくいのりの言葉を噛み締める様に呟いた藤堂に、いのりは優しく微笑む。

「体面ばかり気にして・・・、大切なものを取りこぼしたりしないでください。
 そんな体裁、あってもなくても・・・平助さんは平助さんです。
 情けなくもないし、格好悪くもない、ましてや恥ずかしくなんてないです。
 平助さんが悩み抜いて出した答えに、皆は手を貸してくれます」

「・・・そう・・・かな・・・」

揺らぐ心を思わず吐露した藤堂に、いのりは破顔する。

「はい、もちろんです!!
 だって平助さんは・・・一人じゃないんですから」

温かくも力強い言葉。
心にゆっくりと染み込んで来るいのりの思いに、藤堂の鼻の奥がつんと痛んだ。

「平助さん・・・教えてください・・・。
 新選組を出てから・・・何を感じ、何を考え・・・そして・・・何を見出だしたのか・・・」

いのりの顔を見上げると、全てを悟った様な柔らかな笑みを浮かべていた。
彼女になら・・・・・全てをさらけ出しても良いかもしれない・・・・。
そんな気がした。

「俺は別に・・・新選組を出た事、御陵衛士になった事を後悔はしていないつもりだ・・・・。
 ・・・だけど・・・・何だか・・・・虚しいんだ・・・・・
 物足りないっていうか・・・・」

「そのようですね・・・・・」

得心いった様にいのりが頷く。
内心を見透かされた気がして、藤堂は驚いて目を見張る。

「だって・・・・平助さん、何だか元気がありませんもの・・・・・」

いのりの鋭さに、藤堂は苦笑を閃かす。

「元気がない・・・・か・・・・・」

自覚はしていた。
壬生浪士組として、新選組の八番隊組長として京の治安を守るという使命を帯びていた時の、
ひたむきな情熱が消失しているのは、明らかだった。

「私は・・・・平助さんが今、虚しい気持ちでいらっしゃる理由が、何となくわかります」

はっとしていのりを見やると、悲しげな微笑みを浮かべていた。

「色んなものを・・・・新選組に置いて行ってしまったのだと思います・・・」

こうして心に開いてしまった穴から、色々と零れ落ちてしまっていたのか。
だからこんなに虚しいのか・・・。

自分は何を置いて行ったのだろう・・・・。

しばし目を瞑り、思案してみた。
思い浮かぶのは、涙が出る程懐かしい人々の笑顔だった・・・・。

(俺をここまで引っ張ってきてくれた、近藤さん、土方さん・・・・
 なんだかんだと可愛がってくれていた、左之さん、新八っつぁん、総司、源さん・・・・
 俺を慕(した)ってくれていた、八番隊のみんな・・・・・・)

彼らとの絆を、繋がりを自ら断って出てきたのだ。
彼らと確執があったわけではない、彼らを嫌っているわけでもない、ましてや裏切るつもりもなかった。
敢えていうなら、近藤の局長としての姿勢に不満があった。

「分かってるよ・・・・。
 俺に取って大切なのは、あの場所・・・あの人達だって・・・・。
 だけどさ、今の近藤さんの姿に我慢できないんだよ・・・・」

半ば吐き捨てる様な、苛立ちを込めた藤堂の言葉に、いのりは不思議そうに小首をかしげる。

「・・・・?どういった所がご不満なのですか?」

「新選組の局長なら、局長らしく堂々と振る舞って欲しいんだよ!
 俺たちの大将だぜ?
 俺たちは新選組として、近藤勇の下についたんだ。
 幕府の犬になる為じゃねぇ!!
 なのに、近藤さんは幕府に気ぃ使って、あれこれ悩んで右往左往してさ・・・・・」

まるで愚痴る様につらつらと、藤堂が鬱積した心内を吐露すると、更にいのりが困った様につぶやいた。

「それは・・・・・局長だからではないでしょうか・・・・・?」

「は?」

藤堂はいのりの言葉が瞬時に理解できず、ぽかんと娘の顔を見つめ直した。

「ですから近藤さんは、新選組の隊士さん達を束ねる職責があるからこそ、
 安易に動けず苦しんでいるのではないですか?」

柔らかに紡がれたいのりの声は、鋭い針の様に藤堂の心に突き刺さった。

人の上に立つものの重責。
それは計り知れないものだろう。
藤堂自身、自分の身の振り方にさえ迷ったのだ。
今や巨大組織と化した新選組の頂点に立つ近藤が、迷わぬはずがないではないか・・・・。
己の判断一つに、沢山の隊士達の命運が託されているのだから・・・・。

(なのに俺は・・・・・・
 近藤さんが迷えば不甲斐なく見えて・・・・・、
 苦しんでいる姿を見れば、情けなく思えて・・・・、
 近藤さん達の心情も知らないで、本当なら支える立場であるはずの、幹部の俺は・・・・
 勝手に見限って配下の隊士を置き去りに、飛び出しちまった・・・・・)

藤堂は身がよじれる程、己を恥じた。

(俺は・・・・・・!!
 俺は一体・・・・・今まで・・・・何を見てきたんだ!!!)

倒幕佐幕攘夷、様々な思想は結構だ。
だが身近な人々の苦悩にさえ気付かず、力になる事もなく、
いけしゃあしゃあとそれを批判し、理想ばかりを語る者のどこに誠があるのだろう。
新選組が・・・生温(ぬる)い場所だと思えたのは、きっと近藤たちが守ってくれていたからなのだ・・・。

「お・・・・俺は・・・・・」

愕然としている藤堂に、再びいのりが語りかける。

「・・・・帰りましょう?平助さん」

「かえ・・・・る・・・・?」

「ええ、皆さん待っていますから・・・・」

「・・・いや・・・やっぱ帰れねぇよ・・・・。
 俺・・・・何も知らねぇくせに偉そうに・・・・近藤さん達を裏切って・・・」

虚しい藤堂の抵抗に、今度はいのりが苦笑する。

「まだ分かりませんか・・・・・? 
 先程言った様に、平助さんがどう思うかは知りません。 
 でも、皆さんが・・・・・・平助さんを必要としてるんです」

いのりの優しく語りかける声は、今まで覆い隠して来た心の奥底の藤堂の迷いに、温かな光を注いでいく。
藤堂は御陵衛士となるべく築いていた砂の壁が、音を立てて崩れていくのを感じた。

「新選組には・・・・・平助さんが・・・・・必要なんです・・・・・・。
 もうっ!!どうしても嫌だっておっしゃるなら、無理矢理連れて行っちゃいますよ!!」

いのりは泣きそうな笑顔で、一生懸命訴えかける。

藤堂はこの国の為に、その未来の為に、武士として己がどうあるべきかばかりを考えていた。
その為に、確実に迷わず正道を歩んでいるという確証が欲しかった。

だから、行く末を案じ悩みもがく近藤が率いる新選組を出る決意をした。
真っ直ぐ迷う事なく道を突き進む、伊東の背中について行ったのだ。

だが、今まで自分と共にあった人々に、何一つこういった本心を告げる事無く、
不満を口にする事も、進言する事もなく出ていった。
本当に己が正しいと心底思っているなら、堂々と所見を述べ、胸を張って出ていく事が出来たはずだ。
そして彼らならきっと、苦笑や皮肉を交えながらも、最後は快く送り出してくれたはずだ。

だが藤堂はこっそりと・・・・試衛館の仲間の誰とも目を合わす事無く、出ていったのだ。
それはやはり、仲間を見限る背信行為だと、己自身が分かっていたからなのだろう・・・。
揺れ動く、不安定な生温い組織だと新選組を軽視し、本当の強さを目指すと自分に言い聞かせつつ、
結局は自分も・・・仲間との正面からの衝突を避ける事で、彼らに甘えていたのだ。

そんな藤堂を、新選組の仲間は誰一人として、裏切り者だと卑怯者だと批難しなかった。
逃げるのかと責めなかった。
そして、藤堂の決断を咎(とが)める事もしなかった。

ただ、愚かだと・・・・水臭いと、惜しんでくれた。

(俺は・・・新選組を出て・・・近藤さんを批難できる程・・・皆に正面から向き合える程・・・
 真っ当に・・・正々堂々と生きていただろうか・・・)

近藤の思い悩む姿を目にし、藤堂は迷いを恐れた。
弱い自分を恐れた。
それ故に、己を滅し国に尽くす事が真の強さであり、武士だと思った。
だからこそ堂々と理想を語り、真っすぐ前を見据えている伊東が眩く見えた。
苦悩しながら必死に道を探り、新選組を背負い込んでいる近藤達が武骨に見えた・・・・。

「人は常に正道を求めていますが、どの判断が正しくて、どの選択が間違っているかなんて、
 結果が出るまで誰にも分かりません・・・・。
 だから、怖いのはよくわかります・・・・。
 迷いや過ちを恐れる気持ちも・・・・。
 でも、そんな苦しみながら、悩み抜きながら見出だした答えだからこそ、
 本当に身命をかける価値があるのだと・・・私は思います」

いのりの静かに注がれる温かな声に、藤堂は目を瞑り少しずつ心を解きほぐしていった。

信念や使命、美しい理想によって覆い隠されて来た、自分の本心。
真の己を偽って、本当の強さが得られるだろうか・・・・。
己が本当に欲するものは何か・・・・。

藤堂は恐れる事無く、己を見つめる強さを思い知った・・・・・。
悩み苦しみ、底なしの泥の中をのたうち回るのも自分だ。
そんな醜い自分すら、担ぎ上げられないで何が漢だ!!何が武士だ!!

『人に勝つ者は力あり、自ら勝つ者は強し』

そんな言葉を、藤堂は思い出した。

「俺・・・・俺は・・・・・・」

必死に殻を破ろうとする藤堂を、 いのりは静かな瞳で見つめていた・・・・。






※人に勝つ者は力あり、自ら勝つ者は強し   
 他人に勝つ者は確かに力がある。だが、自分に勝つ者こそ、本当に強いと言える

*薄桜鬼夢小説rank*

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