月桜鬼 第二部
□油小路の変
2ページ/2ページ
* * * *
いのりと藤堂が話している間、斎藤は辺りを警戒していた。
恐らく伊東の帰りの遅さを心配した衛士達が、動き始める頃だ。
案の定、慌ただしい人の声が近付いて来た。
「藤堂!!こんな所で何をしている!!伊東先生がやられたぞ!!」
「え・・・・・!!」
絶句する藤堂を、いのりは痛々しい瞳で見つめる。
「場所は油小路だ!」
「下手人は新選組に決まっている!」
「今から弔い合戦だ!!早く来い!!」
口々にそう言うと数人は急いで油小路へと向ったが、勘の良い男がいたようで、斎藤と若い娘の姿を見咎めた。
「お・・・・・!!お前は斎藤!!」
「何!?」
気色ばんだ気配が辺りに立ちこめる。
「裏切り者の斎藤だ!!」
「この娘・・・・確か新選組にいた・・・・」
「藤堂!貴様・・・・謀ったな!!よくも伊東先生を!!!」
怒りの矛先をこちらに向け、五人程の衛士達が抜刀し、藤堂が弁解の言葉を口に出す暇もなく、斬り掛かって来た。
高い金属音を響かせ、男の凶刃を斎藤の刀が受け止めた。
「ここは俺に任せろ・・・・・」
「・・・・一君・・・・」
「いのりを連れて早く行け!!」
相手が鬼や羅刹でなければ、いのりは修羅になる事が出来ず、己の身すら守れない。
いのりを連れて早くこの場を立ち去らねば、騒ぎを聞きつけた他の衛士達が来てしまうかもしれない。
だが、衛士に対して完全な敵意を用いない藤堂が相手をするより、
自分が退路を確保する方が適任だと、斎藤は直ぐさま判断したのだ。
戸惑う藤堂の手を引いて、 いのりが走り出す。
「待て!!」
後ろから斬り掛かろうとした男の背中を、斎藤が躊躇(ちゅうちょ)する事無く一刀両断する。
「・・・・敵に背中を見せるのか?」
復讐心に燃える衛士達は、まずは標的を斎藤一人に絞った。
斎藤が複数で相手取らなければならない程の、凄腕の剣豪である事は重々承知していたからだ。
猛々しく吠え、斎藤に斬り掛かる男達を背に、 いのりと藤堂は橋を越える。
そのまま新選組の屯所まで行くのかと思いきや、藤堂はいきなり方向を変え、どこかへ向かって走り出した。
「平助さん!!どこへ!?」
「油小路!皆を・・・・止めなきゃ!!」
いのりは藤堂がどの立場で言っているのか分からなかった。
御陵衛士達を救うべく油小路へ行くのか、新選組に加勢するべく向かうのか・・・・・。
分からないが、藤堂一人に行かせるわけにはいかない。
もし未だ戦闘が終結していなかった場合、
自分の存在は足手まといになると分かりつつも、いのりは必死に藤堂の後を追った。
* * * *
油小路ではいのりの予想通り、未だ斬り合いが繰り広げられていた。
だが予想と違ったのは、御陵衛士と新選組の斬り合いではなく、
羅刹と人、そして鬼が入り交じった乱戦だったという事だ。
「・・・・・どういう・・・・・事だ?」
訳が分からず呆然とする藤堂の足下には、元は同志であったであろう、男達の屍が横たわっていた。
混乱したのは、その屍達が獣に食い散らかされた様に、酷く破損していたからだ。
一体何がどうなっているのか、誰も説明する余裕もないようで、誰が敵なのか俄(にわ)かには判断できかね、
藤堂はとにかく抜刀し、背後に既に修羅と化したいのりを庇う形で刀を構える。
兵力差は一体どれくらいなのだろう。
目まぐるしく藤堂は状況を見定める。
小さな黒い群れと成した十数名羅刹と、たった三人が戦っている。
いのりはすぐさま辺りを見回し、武器と成り得るものを探す。
「邪魔が入ったとは言え、首尾は上々だったな。完成は近いか?綱道」
重く響く男の声に、藤堂が鋭く反応した。
聞き覚えのある名を耳にしたからだ。
その声の方を見やると、見覚えのある剃髪の男が、無表情で佇んでいた。
「あんた・・・・・!!雪村・・・綱道!!」
藤堂の驚愕の叫びに、原田と永倉が藤堂の存在に気付き、羅刹を切り払うと側にやってきた。
「おう!平助、遅ぇじゃねぇか!!」
まるで何事もなかったかの様に、永倉が明るく声をかける。
「新八っつぁん!一体これは・・・・何がどうなってんだよ!!」
「うるせぇなぁ・・・。簡潔にいえば、あの男とその鬼は繋がっていて、紛い物の鬼共々敵なんだよ!!」
面倒そうに、だが分かりやすく、近くに降り立った不知火が答える。
「まぁ早い話が、こいつらをどうにかしねぇと、話が進まねぇんだ」
半ば苦笑し、原田も応じる。
三人とも余裕があるようだが、所々傷を負い息も乱れ、どこから見ても劣勢だった。
この状況で、藤堂は迷う事はなかった。
ここで・・・・この場所で・・・・一番大事な事は・・・・
一番・・・・・大事なものは・・・・・。
「よっしゃー!!久しぶりにひと暴れするか!」
藤堂の何の憂いもない、晴れ晴れとした不敵な笑みに、
原田と永倉は腹の底から沸き上がる、爽快な戦意と共に呼応した。
「張り切りすぎて、足下掬(すく)われんなよ!!」
「久々すぎて腕は鈍ってねぇだろうな!!」
「そりゃ、こっちの台詞だぜ!!」
久しぶりの掛け合いに、三人は力が漲ってくるのを感じた。
これだと藤堂は感じた。
生きている・・・・。
生きるために戦っている・・・・。
仲間と共に・・・・・。
何の迷いも無く、澄み切った心でそう思えた。
「け・・・・さっきまでくたばりかけてたくせに・・・・」
不知火が呆れた様に三人の男を見やる。
「・・・・・面白ぇじゃねぇか・・・・・」
原田達に興味がわいたのか、愉快そうに笑みを浮かべると、
不知火は腰に備え付けてあった銃弾を補充し、再び羅刹に向け引き金を引き始めた。
*薄桜鬼夢小説rank*
次の章未来への決断へジャンプ