月桜鬼 第二部

□憂い
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* * * *


いのりの様子がおかしい。
斎藤はそう思わざるを得なかった。

新選組を抜ける際、感情の赴(おもむ)くままつい口走ってしまった 、いのりへの想い。
その答えを聞きたくて、いのりと二人きりになろうとすると、必ず沖田が邪魔をする。
いや、斎藤が戻ってからずっと、沖田はいのりにつきまとっている。

沖田の風邪はまだ完治していないようで、極(ごく)たまにだが軽く熱を出す。
その度に土方から頼まれたいのりが、斎藤に申し訳なさそうな顔をしながらも、沖田の面倒を優先する。

確かに、たまに沖田は咳き込み、止まらなくなる時もある。
その度に

「あら、また咽(む)せちゃいましたか?
 今日は空気が乾燥してますからね・・・」

などといのりは明るく周囲に執(と)り成(な)し、
さり気なく沖田を庇(かば)うと、葛湯(くずゆ)を飲ませたりして世話をする。
土方などが気遣うと鬱陶(うっとう)しがる沖田も、いのりの言う事には素直に従うのだ。

まるで鴛鴦(おしどり)夫婦の様な二人の落ち着きに、斎藤の心はざわめく。

「うかうかしてると、本当に僕がいのりちゃんをとっちゃうからね」

沖田の不敵な笑みを思い出し、斎藤は焦燥感に駆られる。

意を決して、斎藤は小走りにどこかへ向ういのりを呼び止めた。

「いのり・・・・・」

「はい、斎藤さん。どうかしましたか?」

慌ただしい中でも、笑顔を絶やさないでいようとする、いのりの健気(けなげ)さが胸を打つ。

「いや・・・・少し話があるのだが・・・・」

「はい・・・・あの・・・・でも、私・・・・」

言い淀む辛そうないのりの顔に、斎藤は見覚えがあった。

羅刹となる前の、暗い闇に取り込まれていた山南の側にいた時と同じ、
言いたい事も泣きたい事も苦しい事も、全て抱え込んでいるいのりの顔・・・・。
笑顔の裏に隠されている、濃い憂いの影。

それに気付けたのは、常にいのりを見守っている斎藤だからこそだった。
もうあの時のように、いのりの心を引き裂くまで、放っておく事は出来ない。
斎藤は核心を突くように、真っ向から質(ただ)した。

「総司と・・・・・何かあったのか・・・・?」

「・・・・・・・ごめんなさい・・・・・」

あらゆる意味合いが込められている一言。
それは肯定であり、それ以上聞かないでくれと言う訴え。

俯(うつむ)き表情を伏せているいのりだが、声の震えは隠しようが無かった。

(何故謝る?・・・・俺に言えないという事は、総司が口止めしているのか・・・・・)

伝えられない苦しい心内を察し、斎藤はそれ以上聞けなくなった。

「分かった・・・・。
 今夜、仕事が終わったらでいい・・・・・。
 俺の部屋に来てくれないか?」

「あの・・・・でも・・・・」

「待っている」

それだけ言うと、斎藤は身を翻(ひるがえ)してその場を去った。


* * * *


夕餉も終わり、夜の巡察の無い幹部達は、各々自室へ戻っていった。
いのりも沖田の寝支度を整えるため、沖田と共に会話を交わしながら広間を出ていった。

仲睦まじい二人の姿にずきりと心が痛んだが、表面上は冷静を装ったつもりの斎藤だった。
しかし勘の良い原田の目には、そうは見えなかったようだ。

「なぁ、新八」

「ん?何だ?左之」

巡察に出かけようと支度をしていた永倉は、顔を上げる事無く応じる。

「俺がこれ以上、しゃしゃり出るのも良くねぇよなぁ・・・・」

「はぁ?何の事だよ」

意味が分からず、ぽかんとした顔で永倉が原田を見返すと、何でもねぇよ、と苦笑して去っていった。

「・・・・・何なんだ・・・・・?」

色恋沙汰に疎い永倉は、ただただ小首をかしげるだけだった。





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