月桜鬼 第二部

□未来への決断
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藤堂の命の炎が消えかかっていく・・・・・。

いのりの心臓が痛い程に脈打つ。
どうしようもなかった。
何も出来なかった。
無力感が背中に伸し掛かったように、体が重い。

迫り来る死の影から庇うように、いのりは藤堂の体にしがみつき、
涙ながらに名を呼んで、必死にこの世につなぎ止めようとする。

ふと、二人のもとに影が迫った。
羅刹かといのりは側にあった藤堂の刀を拾い上げ、切っ先を影に突きつけた。

その切っ先の向こうにあったのは、無表情な鋼道の顔だった。
まるで目前の刀など見えていないかのように、その目は死ににゆく若者を見据えている。
すっと二人の傍らにしゃがみ込むと、鋼道は懐から硝子の小瓶を取り出した。

「・・・・・これは、私が作った変若水です・・・・」

いのりは息を呑み、体を強張らせた。

「これを飲めば・・・・助かるかもしれません・・・・・」

震えながらいのりは、鋼道が差し出す深紅の液体を見つめる。

いのりはこのまま藤堂が死んでいく事も、羅刹になる事も甘受できなかった。
どうしていいかも分からず、ただただ、変若水の放つ悍(おぞ)ましい気配に慄(おのの)いていた。

「どうしますか・・・・?このまま死んでいきますか・・・・?
 何も成さずに・・・・塵芥(ちりあくた)のように・・・・・消えていきますか?」

壮絶な戦況の中、何故かいのりには鋼道の静かな声が、はっきりと聞こえた。

「もう・・・・や・・・・・めて・・・・・・」

涙を滲(にじ)ませた震える声で、いのりが拒絶しようとしたその時、藤堂が呻(うめ)いた。

「・・・・・・・・だ・・・」

「平助さん!?」

「・・・・・・だ・・・・おれ・・・・・・ま・・・・・・まだ・・・・・」

その言葉だけで充分だった。
充分藤堂の意志は通じた。
鋼道は無言で小瓶の蓋を開け、いのりが制する間もなく、藤堂の口に変若水を流し込んだ。

その瞬間、音も無く髪が白く染まり、藤堂の体が仰け反った。
いのりの手から離れ地に倒れ込むと、骨の軋(きし)む不快な音を全身に響かせ、藤堂の体が脈打つ。
凄まじい光景に、斎藤達だけでなく羅刹までもが動きを止め、藤堂の様子を伺う。

暫くすると音が止み、のたうち回っていた藤堂の体も静まった。
辺りが重々しい静寂に包まれると、ゆらりと藤堂が身を起こした。
異様な雰囲気を感じ取り、息を呑み微動だに出来ぬいのり達に戦慄が走る。

ゆっくりと藤堂が目を開けると、その瞳は悍ましい程の深紅色の光芒を放った。

「・・・・・平・・・助・・・・?」

戸惑いつつも原田が声を掛けると、藤堂が動いた。

一瞬にして一陣の風となり、無言で羅刹の群れの中に入り込むと、脇差を抜刀し一閃で化物達の頭を切断した。
まるで大きな石の様に、ごろごろと羅刹の頭が無造作に地に落ちる。

あまりにも一瞬の出来事に、いのり達が愕然としている中、藤堂は地を蹴り、五百目に飛びかかる。
一撃、二撃と何とか紙一重で躱したが、片腕になった鬼は体の均衡を崩した。
はっと気付き顔を上げた瞬間、眉間に深々と刀が突き刺さった。

青い炎を上げた鬼を感情の無い赤い瞳で見つめていた藤堂は、
刀を振り血を落とすと、いのり達に振り向いた。

「平助さん・・・・・」

皆の顔を見た瞬間、藤堂は目を見開き体を震わせた。

「・・・・・・俺・・・・・・俺・・・・・」

ふっと気を失い崩れ落ちる藤堂を、駆け寄った永倉が抱きとめた。
既に髪は元の色に戻っている。
いのりが急いで容態を見たが、呼吸は落ち着いていて、外傷も殆ど癒えている。

心配いらないと目で訴えると、永倉が微かに安堵の表情を浮かべ、藤堂を背負った。

「・・・・・・帰るぞ・・・・・平助・・・・・」

暗い陰りのある声で、永倉が呟いた。
いのりが辺りを見回したが、もう鋼道の姿は無かった。

羅刹となってしまった藤堂のこの先は、一体どうなってしまうのか。
いのりは不安で仕方なかった。
斎藤も永倉も、何とも言えない複雑で苦しそうな顔をしている。

ただ、今はただ、早く戻りたかった。
藤堂を、新選組の元へ連れて行きたかった・・・・・。

急ぎ屯所へ戻るいのり達の後を追おうとした原田は、
炎を上げ消滅していく五百目を、冷淡な目で見つめている不知火に振り返った。

「不知火・・・・・」

原田の視線に気付いた不知火は、訝しそうに眉をひそめる。

「・・・・・何だ」

「貸しが・・・・・出来たな」

「け・・・・別にお前の為じゃねぇよ」

にやりと笑うと、地を蹴り家屋の屋根に飛び乗る。

「でも、まぁ、そう思うなら、勝手にそう思ってろ」

そう言って去ろうとした不知火は、何かを思い出したように、原田を見下ろした。

「おっと、そうだ。嵐からの伝言だ」

まさか不知火の口から嵐の名が飛び出すとは思っていなかった原田は、驚いて目を剥いた。

「傷は殆ど癒えた。気にするな・・・・・・だとよ」

そう伝えると、原田の刺す様な視線を感じ、不知火は鬱陶しそうに顔をしかめた。

「・・・・何だ」

「お前と嵐はどういう関係だ?」

「はぁ?」

意味が分からず不知火は、一瞬間の抜けた顔をした。

だが原田の厳しい表情を見やり、半ば得心したように鼻で笑うと不知火は、
さぁな、と言葉を濁して冷たい闇に溶けて去っていった。




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