月桜鬼 第二部

□溢れる恋情・・・
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頬を包んでいた左手をいのりの項(うなじ)に回し、
右手は腰に当て自分の方に引き寄せ、しっかりといのりの小さな体を抱きしめる。
いのりは戸惑いつつも、素直に斎藤に身を委(ゆだ)ねた。

出会った頃とは違い、美しい年頃の娘へと成長したいのりの体は、柔らかい温かさを帯びていた。
愛する娘の体温が、鼓動と共に温かく伝わってくる・・・・・。

少し力を緩め、斎藤は体をかがめると、いのりの唇に己の唇をそっと重ねた。

優しい口付け・・・・。

その瞬間、ぎゅっと斎藤の袖を握るいのりが狂おしい程愛おしく、
今度はいのりの唇を柔らかく啄(ついば)む。

「ふっ・・・・・甘いな・・・・」

「そっ・・・・それは、さっきお団子を・・・・・!!」

斎藤が漏らした笑みに、慌てて恥ずかしそうに弁解するいのりが、初々しくいじらしい。
込み上げる感情の勢いに任せ、斎藤は微かに笑うと、再び顔を近づけた。

口の中に舌を差し入れ小さな舌に絡ませると、いのりは一瞬戸惑ったようだったが、
それでも斎藤の熱い想いを受け入れるように、躊躇(ためら)いがちに舌で応える。

甘い感覚の波に、そのまま溺れてしまいそうになる・・・・・。

(もっとその柔らかな素肌に触れてみたい・・・・温かな体温を感じたい・・・・)

斎藤の体の芯から溢れる熱情が渦巻く。
唇の端から漏れたいのりの甘い吐息に、斎藤の理性は弾け飛びそうになった。

(・・・・・駄目だ・・・・・!!)

斎藤は込み上げてくる、己を突き上げる様な衝動を必死に抑えこむ。

ここは新選組の屯所。
そして、ここにいるのは、只でさえ気配に敏感な男達だ。
このまま激情に流されるわけにはいかない・・・・。

決壊しそうになる自制心を、寸(すん)での所で何とか踏みとどまり、
名残惜しそうに唇を離した斎藤は、切ない溜息を漏らした。

「・・・・・斎藤さん・・・・?」

斎藤の悩ましげな表情を、見咎(みとが)めたのだろう。
いのりが心配そうに、斎藤の顔を仰(あお)ぎ見た。

「・・・・いや、これ以上は・・・・・歯止めが利かなくなるのでな・・・・・・」

あらぬ方向を見て赤面し、困ったように斎藤が口籠(くちごも)る。

言っている意味がわからなかったのか、いのりは不思議そうな表情を閃かせたが、
先ほどの自分が酔いしれた情事を思い出し、顔を真っ赤にして目を伏せた。

初めて知る恋に戸惑い、恥じらういのりを、優しく包んでやりたいと斎藤は思った。
ただ、恋仲になったとはいえ油断は出来ない。

いのりは今まで鬼に命を狙われ、息をひそめて生きてきた所為(せい)で、
人を敵か味方かでしか判断できていない。
味方であれば、男や女、子供など関係なく、無防備に愛情を注ぐ・・・・・。

これからはもっといろんな事を、教えていかなくてはいけないな・・・・。
斎藤は内心、苦笑しつつ溜め息をついた。

「いのりはもう風呂は入ったのか?」

突然の斎藤の問いに、驚きつつもいのりは素直に答える。

「はい・・・・・・」

「ならば部屋まで送ろう。今日はゆっくり休め・・・・」

「はい」

斎藤の優しさを感じ取ったのか、いのりは柔らかく微笑んだ。
だが、あまりそんな可愛い顔を、他の連中に見せないで欲しいと、つい斎藤は欲張ってしまう。

贔屓目(ひいきめ)に見ても、いのりは美しい娘だ。
いつどんな輩(やから)に、不純な想いを持たれるか分からない。
現に沖田は斎藤に対し、いのりへの想いを明言している。

「いのり・・・・・・・」

「はい?」

「総司の件は、何か俺には言えない事があるのだろう」

いのりはすっと笑みを消し、不安そうに斎藤を仰(あお)ぎ見た。

「俺はお前の心が何処にあるのか、今知る事が出来た・・・・・。
 だから、何も聞かぬ」

「斎藤さん・・・・・・」

安堵したような表情を見せ、いのりは甘えるように斎藤の胸元に頭を付けた。

「有り難うございます・・・・・・」

「だがな」

咳払い一つで、斎藤は緩みそうになる頬を堪え、重々しい口調で明言した。

「だからと言って、いのりが総司と共にいる姿を見るのは、俺はあまり気分が良くない」

「斎藤さん・・・・・」

「度量が小さいと言われようが、これは譲れぬ・・・・・。
 確かに今の総司はたまに熱を出したり咳き込んだり、いのりの力が必要かもしれぬ・・・・。
 だが、病人は総司だけではないのだからな」

驚いて目を見張ったいのりの瞳を直視できず、斎藤はそっぽを向いた。

「俺も病を患(わずら)っているのだから」

「え!?斎藤さんもどこかお加減が悪かったのですか?
 ・・・・すみません、気がつかなくて・・・・
 一体どんな・・・・・」

心配げに凝視するいのりを、斎藤はぎゅっと抱き寄せ、耳元で優しく囁(ささや)いた

「・・・・・恋煩(わずら)いだ」

耳まで真っ赤になったいのりを、腕の中に綴じ込め、斎藤は満足げに息を吐いた。

鮮やかな絹糸を丁寧に紡ぎ、美しい組紐を織り連ねるように、
少しずつ少しずつ、いのりとの想いを重ねていきたいと、斎藤は思った・・・・・。




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