月桜鬼 第二部

□道標と光
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「もう帰るの?」

「?・・・・・え?ええ、まだお片づけも終わってませんし・・・・」

いのりを何処にも行かせたくない。
ずっと側に置いておきたいと言う執着心が、じわじわと沖田の心を浸食していく。

「もう少し、ここに居てよ・・・・」

そう言うと、沖田はいのりの手をぎゅっと掴む。
戸惑い、困惑の表情を浮かべるいのりに、沖田は更に勘ぐる。

(もしかしたら、この後、一君に会いに行くのかも・・・・・)

自分はこの先、どれくらい現世(うつしよ)に留まれるか分からない。
だが、いのりと斎藤にはまだまだ先がある。
二人の人生に自分が絡み付いても、いつかぷっつりと途切れてしまうのだ。
分かり切った未来・・・・。
いくら足掻(あが)いても藻掻(もが)いても、変わる事のない未来・・・・。

やり場の無い怒りが吹き上がり、胸を抉(えぐ)る。
苦しくて、悲しくて、居たたまれなくなる。

苛立ち紛れにいのりの手を振り放すと、沖田は敷いてあった布団に潜り込んだ。

「沖田さん・・・・・」

困ったような いのりの声を耳にし、沖田は更に意固地になる。
ごろりといのりに背を向けると、冷たく言い放った。

「もう、いいよ。これから一君とでも会うんでしょ。
 どうせ死んでしまう僕なんかに、構ってる暇なんて無いよね」

「沖田さん・・・・・」

「死病なんだから。何したって無駄なんだよ。
 大人しく寝てたって、まずい薬を飲んだって、もう何もかも、無駄なんだよ!
 刀を持った時から、人を斬った時から・・・・死ぬ覚悟は出来てるんだ・・・・・
 だから・・・・もういいんだよ!!」

「沖田さんっ・・・・・!!」

腹立ち紛れの八つ当たり気味な沖田の言葉に、いのりはもの凄い勢いで、布団を剥(は)いだ。

「!・・・・・何す・・・・・っ!」

身を起こして抗議しようとした沖田の目に、怒りと涙を赤茶色の大きな瞳に滲(にじ)ませている、いのりの顔が飛び込んできた。

唖然(あぜん)とする沖田の両頬を、ペチンという乾いた音を立て、いのりが両手で包み込む。

「死ぬ覚悟があるという事は・・・・・生きる事を諦めるという事じゃないです!!!!」

いのりの悲痛な叱咤の声が、沖田の心に突き刺さった。

呆然と・・・ただ呆然と、沖田はいのりの瞳から頬、
そして形の良い顎へと伝っていく、輝く雫をみつめる・・・・。

「・・・・お願い・・・・ですから・・・・・」

「いのりちゃん・・・・・」

「お願いですから!!死ぬまで・・・・・生きる事を・・・・命を・・・・諦めないでください・・・・」

徐々に震えて細くなっていく声に、いのりの想いの強さを感じた。

(この子も・・・・・戦ってくれているんだ・・・・・)

失意のあまり、全てを放り出そうとしている沖田の代わりに、いのりは必死に絶望と戦ってくれていたのだ。

(いのりちゃんが一緒に戦ってくれてるのに・・・・僕が負けたら、それこそ情けないや・・・・)

「ごめん・・・・・。変な事言って・・・・ごめんね・・・・・」

素直に頭を下げ、いのりの頭を優しく撫でる沖田に、いのりは潤んだ目で微笑んでくれた。

「私の方こそ・・・・一番辛いのは沖田さんなのに・・・・。
 偉そうな事言って、ごめんなさい・・・・」

目尻に残った涙の欠片を弾き、真摯な瞳でいのりが詫びる。

どうしてこの健気な娘を、愛さずにいられるというのだろうか・・・・。

一時はいのりの優しさに甘え、その温かな肌に救いを求め、
自分の命をいのりの体に刻み付けたいと言う激情に駆られそうになった。

だが、例えいのりと想いを通わせても、いずれ自分は愛しい娘を残して逝かなくてはいけない身。

(ならばこのまま・・・・・淡い恋心のままでいい・・・・)

いのりの記憶の中で、生きて行こうと沖田は思った。

(人は思い出を補正していくものだから、きっといのりちゃんは
 僕を凄くいい人だって記憶してくれるんだろうな・・・・。
 そして、一君と喧嘩した時、

 「ああ、沖田さんだったら・・・・」

 なんて想ってくれたら良いなぁ・・・・・。

 それに・・・・・もしかして、仮に、万が一、
 一君との間に男の子が生まれたら『総司』って名付けたりして・・・。
 それで一君と『総司』がいのりちゃんを取り合うんだ・・・・・)

沖田はそう想像していたら、笑いが込み上げてきた。
突然笑い出した沖田に、いのりは驚く。

「沖田さん・・・・?何が可笑しいんですか??」

「ごめん、ごめん。色々想像したら・・・・・。
 笑いが・・・・止まらないや・・・・」

「??」

沖田は笑い続けた。
笑いすぎて涙が出るくらい・・・・・。

(恋じゃなくても・・・愛じゃなくても・・・・。
 まだ側にいて欲しい・・・・ずっと・・・・側にいたい・・・・・)

届かぬ願いを沖田は笑い飛ばし、涙と共に洗い流した・・・・。



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