月桜鬼 第二部

□変若水の源
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* * * *


淡い銀色の光を放っている三日月が、空高く登った頃、美月神社に人影が現れた。

「・・・・・来たよ。鋼道さん」

「・・・・・お呼び立てして、申し訳ありません。藤堂さん・・・・」

ふと、鋼道はいのりの存在に気付いて、視線を送る。

「悪ぃな・・・・。
 俺、美月(みつき)神社に来た事なかったから、いのりに道案内してもらったんだ」

「そうですか・・・・」

あまり気にした様子でもなく、鋼道は藤堂に視線を戻した。

「あんた・・・・・鬼なんだな」

藤堂は隣に佇(たたず)んでいるいのりの瞳が
深紅に染まっているのを見て、鋼道に確かめるように質(ただ)した。
しかし、鋼道にとってはそれほど重要な事ではなかったようで、静かに首肯(しゅこう)し受け流した。

「その後、体の調子はどうでしょう?」

「ああ、すこぶるいいねぇ・・・・。絶好調だぜ」

余裕漂う不敵な笑みを浮かべ、藤堂は応じた。

「それは良かったです・・・・・」

「で?話って?俺の容態を見に来ただけか?」

「それもありますが・・・・・」

綱道は辺りを警戒して言い渋ったが、意を決したのか再び口を開いた。

「実は、お願いがあります・・・・」

「お願い?」

藤堂が聞き返すと、綱道は藤堂ではなくいのりに問いかけた。

「・・・・いのりさん、貴女が穢(けが)れの半鬼として命を狙われたのは、いつ頃からですか?」

唐突な問いに一瞬面食らったようだが、いのりは記憶の糸を辿たどる。

「ええっと・・・・・母様が亡くなってしばらくだから・・・・・。
 十二、三年程前から・・・・でしょうか・・・・・?
 ごめんなさい、はっきり分からなくて・・・・」

「いいえ、充分です」

真摯に答えるいのりに好感を持ったのか、綱道は少し表情を和らげた。

「つまりは、半鬼が粛清(しゅくせい)対象の穢れであるという教えは、つい最近広まったという事です」

「・・・・?え?・・・・どういう事?」

綱道が何を言わんとしているのか理解できず、藤堂は不審げに顔をしかめる。

「・・・・誰かが意図的に、半鬼を粛清しようとしているという事ですか?」

いのりが分かりやすく、噛み砕いて確かめる。

「そうです。
 貴方方がご存知の千姫も、人を愛し鬼の里から都へやって来た女鬼の子孫です。
 つまりは、人と鬼との交わりは、遠い昔からあった事であり、
 特に珍しい事でも、穢れとして忌(い)み嫌われる事もありませんでした・・・・」

「じゃあ何で・・・・」

「半鬼の血を必要としている者がいるからです」

半ば混乱した様な藤堂の問いに、鋼道は明瞭に言い切った。
その答えの明確さに、いのりは鋼道が事の核心を認知していると悟った。

「誰ですか?」

「葡萄牙(ぽるとがる)の宣教師、オズワルド=ヴィッカーです」

「お?・・・おずわ・・・・びか?」

聞き慣れない言葉に戸惑う藤堂を余所に、いのりと鋼道は話を続ける。

「葡萄牙(ぽるとがる)・・・・でも、葡萄牙との国交や貿易は、
 二百年以上も前から断絶しているはずじゃ・・・・」

「はい・・・・どうやら彼は素性を隠し亜米利加(あめりか)へと渡り、
 十四年前の黒船来航の時、こっそりこの国へ侵入したそうです」

「どうしてその・・・・おず・・・お・・・・・?」

いのりが言い難そうにしているのに気付き、鋼道が優しく言い添える。

「オズワルド=ヴィッカーです」

「そう、そのおずわるどという人は、何故この国へ来たのですか?
 どうして半鬼の血を欲しがるのでしょう?」

「そこまでは分かりませんが・・・・・一つ言える事は、そのオズワルドが、
 『えりくさー』つまりは変若水を、この国に持ち込んできたのです・・・・」

すべての元凶とも言える変若水の出所が判明し、
藤堂といのりは驚いて互いに顔を見合わせた。

「『えりくさー』は西洋の鬼の血を薄めて作られていました。
 ですから彼がこの国の人間でそれを使っても、どうも体質が合わず失敗続きだったそうです」

「それで、鋼道さんに改良を依頼したんですね・・・・」

「はい・・・・当時の私は、江戸の僻地(へきち)にあった我々の里を人間に襲撃され、
 半死半生で逃げ回っておりました。
 そこで潜伏していたオズワルドに救われたのです・・・・・」

「それに恩を感じて、改良を手伝ったんだな」

藤堂がそう問うと、鋼道は苦痛の表情を閃かせた。

「いえ・・・・大切な娘を人質に取られ、仕方なく・・・・・」

「え?娘っ・・・!?」

意外な言葉が鋼道の口から飛び出し、若い二人は思わず聞き直してしまった。

「はい・・・・」

いのり達が驚く理由が分からず、鋼道は小首を傾げたが、すぐに表情を正した。

「私は・・・・・蘭方医として学を収め、人や鬼に関係なく治療に専念してきました・・・・。
 どうやらそれに目をつけられたようで、後にオズワルドが鬼の里の場所を明かして人間を煽動し、
 襲わせたと聞きました・・・・。」

「なんて野郎だ・・・・」

誠実な青年である藤堂は、オズワルドの仕打ちに憤慨(ふんがい)する。

「西の一部の鬼とオズワルドは何かで利害が一致したようで、共に暗躍しています。
 私を変若水製造の指南役として幕府に送り込んだのも、そのオズワルド達です」

「で・・・?なんで俺達の前から姿を消したんだ?」

この男が、新選組内部で羅刹を作り上げて来たのを思い出し、不愉快そうに藤堂が睨む。
すると絞り出す様な声で、鋼堂は必死に訴える。

「私が・・・貴方達に真実を話す事を恐れたのでしょう・・・。
 私は家を焼かれ新選組から引き離され、娘を盾に、・・・今ではオズワルドの元で変若水の改良や、
 使役(しえき)を造り出す事を強制されています・・・」

突然、鋼道は藤堂といのりの前で平伏した。

「お願いします!!どうか・・・・お助けください!!
 私達を・・・!!娘を助けてください!!」

「ちょ・・・・・っ!!鋼道さん!?」

戸惑い慌てて、藤堂は手を取って鋼道を無理矢理立たせようとする。
だが、鋼道は地に伏せたまま、顔を上げようとしない。

「私は・・・・ずっと・・・・蘭方医として人とも関わってきました・・・・。
 これ以上・・・・これ以上は・・・もう・・・」

困惑したように藤堂といのりは再び顔を見合わせた。

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