月桜鬼 第二部

□変若水の源
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藤堂達の独断で即答できる話ではない。

第一、鋼道の話が何処まで本当か分からない。
それこそ罠の可能性も捨てきれない。
返答に詰まり、二人は押し黙った。

暫(しばら)く荒廃した美月神社の跡地に、重苦しい沈黙が漂う。
寒々とした風が、静寂を散らせるかのように吹き抜けていく・・・・・。

「・・・・・分かった・・・・・」

「平助さん!?」

真剣な眼差しで鋼道を見下ろしていた藤堂は、突如口を開いた。

「そ・・・そんな簡単に了承していいんですか!?」

鋼道の手前、罠の可能性について言及しなかったものの、
藤堂にはいのりの心情がよくわかった。
だが、それでも意志は変わらないようだった。

「俺は・・・・・一応、この人に恩を感じてるんだ・・・・」

「平助さん・・・・・」

「俺は・・・・油小路で本当なら死んでたんだ・・・・。
 だけど、この人の変若水のお陰で、皆とまた会えた。
 また、色々やり直す機会を貰ったんだ・・・・」

今度は力を込めて、藤堂は鋼道の腕を引っ張り、無理矢理立たせた。

「だから・・・・新選組としてじゃなく、藤堂平助、俺自身が、あんたの力になる」

「藤堂さん・・・・」

鋼道が感謝の意を込めながら頭を下げると、突然横合いから声がした。

「格好付けてんじゃねーぞ、平助」

半分呆れたように笑っている原田が、月影から姿を現した。

「本当だよ。人の話を鵜呑みにする悪い癖が、まだ直ってないんだね」

沖田も冷ややかな視線を送りながらやって来た。

「何だよ総司。左之さんも!」

少しムッとした様な表情で、藤堂は軽く二人を睨む。
原田はむくれている藤堂を無視して、鋼道に向き合った。

「鋼道さんよ、あんたの話が本当だと、証明できるのか?」

その瞳は、どんな言い逃れも許さないと言う、硬い意志が込められていた。
沖田も如才ない鋭い目で、鋼道の一挙手一投足を窺(うかが)っている。
返答に窮(きゅう)し、鋼道が困った表情で考え込んでいると、またあらぬ方向から声がした。

「鋼道の言っている事は本当だ・・・・」

「誰だ!?」

鋼道の話に集中しすぎて、辺りの警戒を怠っていた。
咄嗟に誰何(すいか)すると共に、三人が抜刀し、鋼道といのりを庇(かば)う形で陣形をとる。
音もなく姿を現したのは、西の鬼の頭首、風間千景であった。

「風間さん!!」

いのりがほっとして笑顔を見せるのとは反対に、鋼道は顔を青くさせた。
今の風間の立場は、自分たちの敵なのか味方なのか分からず、
どう対処すべきか悩む三人の男を無視し、風間は無言で刀を抜いた。

その場にいた全員が、風間の静かな殺気を感じ取った。
誰を狙っての事かは、直ぐさま分かった。

「鋼道・・・・・如何(いか)なる理由があろうと、同胞を害する行為は万死に値する。
 覚悟は出来ているだろうな・・・・」

「ちょっ・・・!!ちょっと待ってください!!」

慌てていのりは風間の前に躍り出る。

「鋼道さんは、娘さんを人質に取られてるって・・・・!!だから・・・・・!!」

「それがどうした」

いのりが鋼道を庇う姿に、風間は一瞬眉をしかめたが、冷淡な声で応じた。

「人の世はいざ知らず、鬼の世では、如何なる理由があろうと裏切り行為は許されぬ。
 たった一人の失態が、鬼の世全体に損害を与えるのだからな」

「・・・・・でも!!」

「いのりさん・・・・・」

尚も食い下がろうとするいのりを優しく制したのは、命を狙われている鋼道だった。

「風間殿の言う通りです・・・・・。
 私は我が子可愛さに、同胞の鬼達を売ったのです・・・・これは許されざる行為です。
 そして鬼だけでなく、何の罪もない人間も羅刹に変えていきました・・・・」

鋼道の血塗られた過去に、誰も一言も発する事が出来ない。
静かな決意が籠(こも)った表情を浮かべた鋼道は、真っすぐな瞳で風間を見た。

「私は断罪されても致し方ありません。それだけの罪を犯しました・・・・。
 ですが!!ですが・・・・娘には何の落ち度もありません・・・・どうか・・・・・娘だけは・・・・」

それ以上は、声に成らなかった。
鋼道は苦しみに身悶(みもだ)えながら、泣き崩れてしまった。

体を震わせ声を押し殺し、嗚咽(おえつ)を漏らす鋼道の背を優しく撫でながら、いのりはじっと風間を見つめる。
その目は批難するでも憤慨するでもなく、何かを一生懸命訴える、直向(ひたむ)きな光を帯びていた。

これは鬼同士の問題であって、人間である沖田達に関与の余地はない。
一体どうするのかと、三人の男もそれぞれの表情で風間の反応を窺(うかが)う。

風間はいのりの目を見ないよう、熾烈な眼光で鋼道を見下ろしていたが、
突如諦めたように大きな溜め息をついた。
意外な反応に、沖田達は内心驚きを隠せなかった。
誇り高い鬼として鬼の頭領として、鬼の掟(おきて)に従い、
風間が問答無用で鋼道を叩き斬ると思っていたのだ。
だが、風間は流れる様な動きで刀を鞘に納めると、華麗に身を翻(ひるがえ)した。

「鋼道・・・・・無事、娘を助け出してみろ。助命嘆願の話はその後だ・・・・」

それだけ言い捨てると、風間はそのまま再び闇に消えていった・・・・。
緊迫した鬼の殺気が消え、美月神社に静寂が戻る。

「・・・・・・えっと・・・・・どういう事・・・・・??」

その場に残された、藤堂達が事態の展開に付いていけず固まっていると、いのりが嬉しそうに答える。

「つまりは、娘さんを助け出せたら、それなりに善処してくれるってことですよ!!」

「・・・・・そうかぁ?」

疑わしげな目で風間が消えた方向を睨む藤堂に、いのりは満面の笑みで頷く。

「そうです!!直接的には言いませんでしたけど・・・・。
 それもきっと、風間さんが照れていらっしゃってるからですよ!!」

「・・・・・・・・・・・」

怖いもの知らずだと言わんばかりに、鋼道も含め、全員が微妙な表情でいのりを凝視した。
だが、いのりは皆の視線の意味が分からず、きょとんとしている。

とにかく、すぐに命を奪われる訳ではないと分かった鋼道は、改めて藤堂に娘の救出を懇願する。
鋼道にとって大切なのは、自分の命より、娘の事だった。

「で?やっぱりやるの?」

藤堂が答えるより先に、沖田が尋ねる。

「勝手に決めんなよ。一応土方さんに指示を仰いだ方が良いんじゃないか?」

原田も横から口を挟む。
だが、藤堂の意思は硬かった。

「うん・・・・左之さん達の言いたい事は分かるよ・・・・。
 でもさ・・・・・」

「・・・わぁったよ」

「左之さん?」

仕方ないと言わんばかりに、原田は苦笑して、実直な藤堂を見据えた。

「あの風間のお墨付きの事実らしいしな。俺も土方さんに口添えしてやるよ」

「左之さん!!」

「だがな、平助・・・・。敵地から誰かを救出するって言うのは、生易しいもんじゃねぇ・・・・。
 それを分かって言ってんだろうな?」

「・・・・・・ああ・・・・」

藤堂のひた向きな瞳を見定め、原田は溜め息まじりで頷いた。

「平助、てめぇも一端の漢(おとこ)だ。やってみせろよ」

「・・・・・全く・・・・左之さんは平助に甘いんだよ」

冷めた視線で二人を見ていた沖田は、呆れながらそう呟いた。

「あら?そう言う沖田さんだって、平助さんを止めないんですか?」

揶揄(からか)うような笑顔でいのりが沖田の顔を覗き込むと、澄ました返事が返ってきた。

「ま、平助は頑固だからね。
 僕が言ったところで我を曲げる事はしないだろうし、やるって言ったからには、やるんじゃない?」

なんだかんだ言っても、沖田も藤堂の意志と実力を認めているのだ。

「それに、土方さんが困るところを見たいしね」

「・・・・・・・・」

いのりが複雑な表情を覗かせている間に、鋼道は藤堂に深々と頭を下げていた。

「有り難うございます!!よろしくお願いします!!
 私も、何とか尽力致しますので!!」

「もう、礼はいいよ鋼道さん。
 ちゃんと娘さんを助け出せてからでさ・・・・。
 で?娘さんてどんな子・・・・?」

「はい。私に似て、とても可愛い娘です」

「・・・・・・・・」

鋼道の即答に、藤堂は押し黙る。
そう言う事を聞きたかった訳でもなかったし、鋼道の台詞に違和感も覚えたからだ。

「何か?」

「いや・・・・別に・・・・・」

藤堂の返事は歯切れが悪い。
軽く眉をひそめ、鋼道が指摘する。

「一瞬、やる気が削がれた様な顔をしましたが・・・・」

「し・・・・してね〜よ!!俺は武士だぜ!武士に二言はねぇ!!
 助けるって言ったら、助けるぜ!!」

そう藤堂が宣言すると、それ以上は追求する事なく、鋼道は深々と頭を下げた。

「・・・・・分かりました。よろしくお願いします」

「おう」

「・・・・・くれぐれも、よろしくお願いします」

「・・・・念を押すなよ・・・・」

こうして、藤堂は鬼の蘭方医、鋼道の娘を救出する約束を取り交わしたのだった・・・・・。

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