月桜鬼 第二部

□光への希求
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* * * *



藤堂と原田と永倉が三人で一芸を披露している間に、
沖田は自分の席から立ち上がり、近藤達と話をしている山南の元へと向った。

山南は、近藤に用があるのかと、沖田に座る場所を空けたが、用があるのは山南の方にだった。

「山南さん・・・・ちょっといいですか?」

沖田の表情に何かを見いだしたのか、山南もにこりと頷き、二人でそっと広間を出て行った。
後に残った近藤と土方が、どうしたのかと顔を見合わせたが、すぐに永倉達に絡まれ、沖田を気遣う暇もなかった。

「・・・・・で?どうかしましたか?沖田君」

羅刹となった男は、酒の所為か宴の熱気の所為かは分からないが、
上気した頬を冷たい夜風に当て、気持ち良さそうに息を吐いた。
酒の匂いを漂わせ、白い息は闇に溶けていく。

「山南さんは・・・・・腕をやられた時・・・・・、
 刀をもう持てないと悟った時・・・・どんな気持ちでした?」

薮から棒に問われた山南は、一瞬酔いが冷めたかのように眼を見開き、隣の沖田の横顔を見つめた。

「・・・・・やはり沖田君は・・・・何かの病にかかっているのですね・・・・・」

「ははは・・・・・やっぱり分かってましたか」

自嘲気味に沖田が笑い飛ばすと、山南は少し陰りのある笑みを浮かべた。

「ええ・・・・恐らく他の皆も、薄々気付いている筈です」

沖田もそれは分かっていた。
相対する者の細微な変化を見逃すようでは、この戦乱をここまで生き残っては来れまい。

それでなくても白刃の下を、共にくぐり抜けて来た仲だ。
沖田の剣の曇りなど、当に承知の筈だ。
だが、それについて口に出したりしないのは、沖田の質(たち)を知っているからこそだろう。

寝食を共にしてきた同志、気の置けない関係だからこそ、踏み込んで欲しくない一線。
それを彼らは知ってくれている。
彼らは沖田が息絶えるその時まで、知らぬ存ぜぬを通してくれるのだろう・・・・・。

沖田の複雑な胸中を察し、山南もそれ以上の言葉を飲み込んだ。

「・・・・そうですね・・・・私は・・・・・」

自分の心根を映し出すように、山南は冷たく震える月を見上げる。

「怪我さえなければ・・・・刀さえ振るえたら・・・・・
 自分はもっと高みを目指せた筈だと・・・・・・
 こんな風にはならなかったと・・・・仕方がないのだと・・・・・。
 そんな風に自分を甘やかす、挫折を正当化できる特権を得てしまったと思いました・・・・・。」

「特権・・・・・・」

沖田も山南の顔を見ることができず、同じように白銀の月を見つめる。

「望みが高ければ高い程、体が思うように動かなければ動かない程、
 ・・・・仕方ないと思う言い訳は増えていく。
 武士たらんとするなら、より心が腐っていくのです。
 自分の想いに真摯であればある程、闇は深くなる・・・・・。
 まるで底なし沼のように・・・・・。それはとても心地よい場所でもあったのです・・・・・。
 そこから抗(あらが)う為には・・・・闇に飲み込まれない為には・・・・
 自分が闇になってしまうしかない・・・・・私はそう思ったんです」
 
山南の闇になるとは、羅刹に落ちると言う事なのだと、沖田は理解した。

沖田が鋼道から変若水を譲り受けた事は知らない筈だ。
だが、山南は自分が羅刹となった事に対して、何か悔いがあるのだろうか、沖田を諭す様に真摯に語る。

「だから・・・・」

「だから?」

山南は困った様な笑顔で沖田を振り返る。

「人は闇の中にいると、光を異様な程欲するものなのですね」

「ああ・・・・・だから・・・・」

得心したように、沖田も苦笑を漏らす。
あれほど執拗にいのりにこだわったのは、
彼女の清々しい程の明るさと、温かな優しさを渇望して止まなかったのだ。

「羅刹となった今では、尚更(なおさら)になるんじゃないですか?」

「いえ・・・・・もう、人ではありませんからね。
 闇に住まう者は、光を疎(うと)む様になるんです」

哀愁を漂わせた山南の笑みに、沖田は心の底から思った。

「・・・・・僕は・・・・羅刹にはなりたくないなぁ・・・・」

「はい、お勧めしません・・・」

軽い調子で言い放った沖田の言葉に、山南は双眸(そうぼう)を細めて破顔した。




*薄桜鬼夢小説rank*

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