月桜鬼 第二部

□愛すべき鬼達
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「・・・・・へ?」

間の抜けた返事であった事は千姫も自覚していた。色香も風情もあったものではない。
だが、そんな娘である事は百も承知の風間は、萎える事なくじっと千姫の返事を待つ。

「あ・・・・・の・・・・・それって・・・・・どういう・・・・・」

「?分からぬか?それはだな・・・・・」

「ああああぁぁぁああ!!ごめんなさい!!言わなくても良いわ!っていうか、聞けない!!」

顔を真っ赤にして、耳を塞ぎ狼狽える千姫を、面白そうに見つめていた風間は、にやりと片頬で笑う。

「冗談だ」

「・・・・・・!!また私の事、揶揄(からか)ったわね!!もう、風間なんて・・むぐっ・・・!?」

大嫌いだと言おうとした千姫の唇を、風間は己の唇で塞いだ。
突然の激しい口付けに、千姫は驚き戸惑い、心を掻き乱される。
隙間から零れる甘い吐息が、更に風間の愛欲を触発させる。

「ん・・・・・・んっん!!もうっ!!」

何とか絡み付く腕から逃れ、千姫は顔を赤らめながらも、風間を睨み上げた。

「風間!!」

「何だ?」

「何だじゃないでしょ!!いきなり何するのよ!!」

「予(あらかじ)め宣言すれば良いのか?」

「そう・・・・・・じゃない!!」

風間は千姫が何故怒っているのか理解できていないようで、訝しげに眉をひそめる。

「そ・・・・・そうじゃなくて・・・・・その・・・・・。
 何ていうか・・・・・こう、心の準備っていうか・・・雰囲気とか・・・」

千姫の羞(は)じらいに気付き、風間は面倒だという風に軽く首を振る。

「全く・・・・・女というのはよくわからん。
 一体何が問題なのだ・・・・」

「だからっ・・・・・・」

「俺がお前を欲していて、お前がそれを良しとするなら、それで良いのではないのか?」

堂々と言い放つ風間に、千姫は言葉もない。

(は・・・・?何言ってるの??そうじゃなくて!
 乙女の夢というか憧れというか、その・・・・順序とか、雰囲気とか、情緒とか色々あるの!!
 風間は・・・突然過ぎて・・・直接過ぎて・・・自分勝手過ぎて・・・本心が分からなくて・・・)

この複雑な心情を、何と言ったら風間に伝わるのか・・・・・。

必死に何か言おうとするが言葉が見つからず、千姫は必死の形相で、
陸に上がった魚のように、口を無意味にぱくぱく開閉する。
頭が混乱している千姫の様子を見て取り、風間は理解不能だと言わんばかりに、端麗な顔をしかめる。

「良くは分からんが、お前が嫌だと言うなら、無理強いする気はない・・・・・」

急に気落ちした不機嫌そうな風間の様子に、千姫は申し訳なさそうに弁解しようとした。

「風間・・・・・あの・・・・・ごめんね、
 その・・・・・風間が嫌って言う訳じゃなくて・・・・・」

千姫の真意を読み取ろうと、風間は熱の籠った深紅の瞳で見つめる。

「色々と・・・・・不安なの!
 本当に・・・・・私でいいのかとか・・・・・。
 ご・・・・強引すぎてその・・・・私の心を置き去りにされてるっていうか・・・・・。
 本当は私の気持ちとかはどうでもいいのかとか・・・・・変な風に考えて・・・・・。
 私だけ振り回されてる感じがして・・・・」

「俺を信用できないというのか?」

「だから!そうじゃなくて・・・・・!!」

「では、どういえばその不安とやらが解消されるのだ?言ってみろ」

苛立ったように風間は眉をひそめ、溜め息をつく。
自分の気持ちを言葉にできないもどかしさと、それが通じない歯痒さに、千姫は感情を爆発させた。

「理屈じゃないの!!!感じろって言ってるの!!」

風間は驚いて目を見開き、いきなり涙をぽろぽろ零し始めた千姫の潤んだ瞳を凝視する。

「わ・・・・・私だって分かんないわよ!
 何で・・・・何でこんな気持ちになるのか・・・・わかんないよ・・・・・」

突然しゃがみ込み、泣きじゃくる千姫を、呆然と固まったまま見下ろしていた風間は、はっと我に返った。

「お・・・・俺の言動が、お前を不安にさせていたというのなら・・・・・。
 その・・・・すまなかった・・・・・」

(は!?・・・・・風間が・・・・・謝った!?)

驚きのあまり、しゃくり上げていた千姫は、あらゆる感情をすっ飛ばし、顔を上げて風間を見上げた。
顔を背けていた風間の白い頬は、心ならず紅潮しているようにも見えた・・・・。

「風間・・・・・・?」

「全く・・・・・・」

困惑顔で大きな溜め息をつくと、風間はすっと千姫を抱き上げた。

「な・・・・・何?」

戸惑う千姫に構わず、どこかへ向おうとする。

「全く・・・・・何が俺に振り回されているだ。俺の方がお前に振り回されているだろうが・・・・・」

「私がいつ・・・・・!?」

「夷狄の男にその体を触れさせておいて、俺には寄るな触るな、野暮だ無粋だ?
 かと言えばすぐに隙を見せてくる・・・・お前の方こそ、一体どういうつもりだ?」

「ど・・・・・どうって・・・・・・」

何となく風間の言う通りな気がして、千姫は反論もできない・・・。
だが、ふとある事に気付き、慌てて千姫は自分を抱き上げている風間に問い質す。

「か・・・・風間・・・・・?どこへ行くの・・・・・?」

不安げな表情の千姫に、風間はにやりと黒い笑みを浮かべた。

「理屈ではなく、感じろと言っただろう?」

「・・・・・・だから?」

「言葉で何を言っても無駄だろうからな、体で感じてもらおう」

「はぁっ!?」

確かにその足は、真っすぐ風間の寝所に向っていた。

「何考えているのよ!!馬鹿馬鹿っ!!下ろしてっ!!」

暴れる千姫を無視して、不敵な笑みを浮かべた風間は、寝所の護衛の鬼達に暫く籠ると宣言し、下がらせた。

(う・・・・・うそ〜〜〜〜〜〜〜っ!!)

千姫の心の絶叫は、隙間なく閉ざされた寝所の襖に遮られ、誰にも届かなかった・・・・・。







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