山崎烝の新選組日記
□我、らゔろまんすに勝手に巻き込まれるの事 その参
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『山崎の許嫁(いいなずけ)現る!!』
昼にはこの一報が、何故か新選組中を駆け巡っていた。
まぁ、大体この話の出所なんぞ、分かり切っているが・・・。
俺の許嫁であるという話より、むしろ若い娘がこのむさ苦しい新選組の屯所にいる事の方が皆の興味を惹き、
隊士たちが入れ替わり立ち替わり、華を一目見ようとやってくる。
その度に土方さんに怒鳴られ、蹴り散らされていた・・・。
だが、そんな風に完全な見世物状態であるにもかかわらず、華は皆に愛想良く笑顔を振りまいていた。
さすがは『伊勢屋』の看板娘であっただけあり、隊士たちの心をがっちり掴んだようだ。
お陰で、勝手に俺に敵意を抱く隊士まで出て来る始末。
(これはこれで、面倒だったな・・・)
気苦労ばかり増える気がする。
無論、華とて蝶よ花よと、特別な待遇を甘んじて受けているだけではなかった。
一応、華は客人という扱いだったが、彼女自身はやはり商家の娘なだけあり、
手持ち無沙汰な一日は苦痛だったようだ。
次の日には是非、寝床と食事の恩を返したいと乞われ、それならばと皆嬉々として己の仕事の手伝いを頼んだ。
・・・・・・だが、それが不幸の始まりだった事に、誰も気付けなかった・・・・・・。
まずは、炊事場にいた斎藤さんに、是非、野菜を切る手伝いをしたいと申し出、
それならばと任せた途端、自分の指を切り落としそうになって斎藤さんを慌てさせた・・・。
次に掃除中の藤堂さんに、これまた是非手伝いたいと申し出たが雑巾をちゃんと絞れず、
結果、回廊を水浸しにして、藤堂さんを絶句させた・・・。
続いて永倉さんに簡単な繕い物を頼まれたが、何故か隊服を全部縫いつなげてしまい、
結局は仕事を増やして永倉さんを泣かした・・・。
最後には客人を局長のもとへ案内すると申し出たが、客人を迷わせて、結局原田さん率いる八番隊に探させた・・・。
ちなみに客人は、何故か厠の前で、一人ぽつんと立ち尽くしていた・・・。
どういう事だと、皆に何故か俺が責められたが、弁明する余地もない。
ただただ、彼方此方に頭を下げて、彼女の尻拭いをするしかなかった。
(・・・・・・本当に・・・厄介な娘だ!!)
腹立たしさを抱えつつも、何とか後始末を終え、恐縮する華を冷ややかに一瞥(いちべつ)し、
俺は自分の仕事の為屯所を出た。
(・・・もう、これ以上問題を起こさないでくれよ・・・)
これはもう、神仏に祈るしかなかった・・・。
だが、夜になって俺が仕事から帰ると、華は昼とは真逆の評価を得ていた。
報告の為副長の部屋を訪ねると、近藤局長もいらっしゃった。
昼間の華の起こした数々の騒動を、彼女に代わって謝罪しようとする俺に、満足げな笑みを浮かべて華を誉め称えた。
「いやぁ、華殿には本当に感謝している」
「・・・え?」
「今日訪ねて来られた客人に、華殿が生けてくれた花と、点ててくれた茶を褒められてな」
「・・・はぁ」
「あの気難しい客人が、上機嫌で帰っていったよ」
「・・・はぁ・・・」
ご満悦な様子の近藤局長の隣に座った土方さんも、にやりとした笑みを浮かべて頷く。
「ああ、全く大したもんだよ、あの娘は」
「・・・副長?」
「俺もあいつにちょっとした代筆を頼んだんだが、いつも嫌みなお偉方が、珍しく褒めてきやがった」
ざまあ見ろと言わんばかりに、土方さんまでも会心の笑みを見せた。
きっと今まで、田舎者、人斬り集団、壬生狼だの嘲笑ってきた幕府や朝廷の役人達の鼻を明かせて、
珍しく有頂天になっているのだあろう。
だが一番喜んだのは、彼女の手伝いのお陰で、いつもは半日かかる財務処理が、
たった一刻で終わったという勘定方だった。
どうやら華は商人の娘らしく、算術にも長けていたようだ。
悩みの種だったはずの華を誉め称えられると、何故か己が褒められたかの様に、俺は嬉しくなった。
(・・・俺の手柄ではないのにな・・・)
昼間の華の失態の事など遠くの棚に追いやり、気分が軽くなった俺が、
ついいつもの癖で自分の部屋の障子を開けると、当然の事だが華がいた。
もう寝ようと思っていたのだろう、寝間着姿で布団を敷いている所だった。
「あっ・・・すまない、ついいつもの習慣で・・・」
慌てて謝罪する俺に、華は笑顔でそっと首を振り、不快でなかった事を示してくれた。
ほっとして直ぐさま障子を閉めて去ろうとする俺に、華が不意に声を掛け呼び止めてきた。
「・・・なんだ?」
手を止め振り返るが、華は青白い月明かりの中でも分かる程、
頬を染め恥じ入る様に身を縮め、なかなか口を開こうとしない。
暫く様子を見ていたが、いい加減焦れてしまい、俺はもう一度華に声を掛けた。
「どうした?」
「あの・・・お役に立てましたか・・・?」
「は?」
「あ・・・あの、私・・・山崎様の、お役に立てましたか??」
不安そうに華が俺の顔を覗き込む。
開いている障子から静かに降り注がれる月光に、華の直向(ひたむ)きな瞳が美しく煌めく・・・。
俺は言葉を失ってしまった。
俺は人の裏を探(さぐ)ったり、人の裏をかくのが仕事だ。
華の様に、つい二、三日前に出会った者に、身を委(ゆだ)ねたりなどしない。
華の様に、打算や目算も無しに、素直に人を信じることができない。
そんな俺の後ろ暗い姿を、華の澄んだ瞳が映し出している気がして、何だか落ち着かない・・・。
「・・・・・・ああ・・・」
視線を逸らした俺は気のない返事で応じた。
暫く息苦しくなる様な沈黙が下りる・・・。
ちらりと華を見やると、表情が曇ってしまっていた。
「その・・・これからも・・・よろしく頼む・・・」
慌てて言い繕った俺の言葉に、華は微かな疑念すら抱いていないのだろうか。
直ぐさま嬉しそうな笑顔を浮かべて頷いた。
「はいっ・・・!」
これ以上彼女と一緒にいると、自分を見透かされそうな気がして、俺はそそくさと華の下を去った。
* * * *