山崎烝の新選組日記

□我、らゔろまんすに勝手に巻き込まれるの事 その壱
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「山崎・・・行ってくれるか?」

「もちろんです・・・」

土方さんの鋭い瞳に、俺は気を引き締め大きく頷く。
また、俺に新しい任務が下されたのだ・・・。



* * * *


月も無い真っ暗な闇の中、黒装束を身に纏い、俺は夜に紛れてある屋敷への侵入に成功した。

ここは京でも大きな反物(たんもの)の商人の屋敷だ。
どうやら、この主が怪しい西洋の薬を入手して、密かに大衆に流しているという話だ。

我ら新選組は訳あって、幕府からとある薬の改良と製造の密命を受けている。
よもや同様の物ではないとは思うが、関わりがないとも断言できない・・・。

と言うのも、以前は人当たりの良い店主が大らかに切り盛りし、
その人柄に惹かれて客が集まり、いつも店先は賑やかだった。
それが今では、屋敷や商店に厳つい男たちがうろつき、
得意先にも威嚇する程厳重な警備を敷いていて、主も滅多に姿を現さなくなったという・・・。

あまりの店の様変わりように、町では良くない噂が立った。

「店主の人柄ががらりと変わってしまった・・・。まるで、別人のようだ」と・・・。

そこで内密に、新選組で調査し対処する事となったのだ。
俺は内情を探るため密かに偵察を行ってはいたが、中々警戒が厳しくて、
使用人などに成り代わり、潜入する事はできなかった。
その為、こうやって夜中に忍び込み、調べるしかなかったのだ。

庭木に紛れ、暗闇の中息をひそめ辺りに神経を集中させ、人の気配を探る。

(・・・ん?珍しいな・・・いつもはもっと警備の男がうろついているはずだが・・・。
 まさかとは思うが、こちらの動きに気付いて、罠でも敷いているのか・・・?)

一瞬嫌な予感が頭を過(よぎ)ったが、直ぐに頭を振った。

(いや、そんなはずは無い・・・)

そう思った矢先、遠くから騒々しい足音と人の叫び声が聞こえた。

(・・・っ!?見つかったか!?)

だが現に、大勢の者が駆けてくる音が大きくなり、こちらへやって来るのが分かる。

(ちっ・・・ここは一旦、戻って・・・)

腰を浮かし始めた時、短い悲鳴と共に、背中に重い衝撃が走った。

「きゃぁあっ・・・!!」

「ふぎっ・・・!!」

踏みつぶされた蛙の様な情けない声を上げ、俺は地面に打っ臥した。
何かが俺の上に降って来たのだ。

(・・・何だ!?何だ!??敵襲か!?)

辛うじてそう叫ぶのを堪(こら)え、必死に身体を捩(よじ)って俺の身に何が起きたのか、事態の把握に努めた。
すると、俺の背中の上に、人が乗っかっていた・・・。

「お・・・おい!あんた、ちょっとどいてくれ・・・!!」

慌ててその邪魔者を振るい身を起こすと、そいつはころんと地面に落ちた。

「おい!!こっちだ!!」

「早く捕まえろ!!」

(・・・!!追っ手か・・・!?)

直ぐさまこの場から逃げ去ろうとした俺の足に、何かが絡み付いてきた。
驚いて見てみると、さっきの邪魔者が俺の足に必死にしがみついていたのだ。
顔つきまでは暗闇で分からないが、どうやら若い女のようだった。

「助けてください!!追われてるんです!!」

「俺もだよっ!!!」

場違いな嘆願に思わず叫び返してしまった為、俺は自分の居場所を敵に知らせてしまう事となった。
彼方此方から自分がいる方向へと、無数の松明の光と怒声、けたたましい足音が近付いて来る。

(くそっ・・・!!ここは一旦引くしかないな・・・)

女を引き剥がして逃げようとしたが、ふと、一抹の不安が頭を過った・・・。

(この女に顔を見られた・・・。声も聞かれた・・・。
 もしこの女が捕まり、俺の事を話せば・・・)

警備が一層厳しくなる上に、ここに身分を隠して潜り込む事も難しくなる。
何かと面倒な事になりかねない。

(・・・口封じに・・・始末するか・・・?)

思わず刀に手を掛ける・・・。

「・・・こっちの方だ!!」

「急げ!!」

声が近い。
もう俺は迷っている暇もなかった。

(・・・あああああ!!くそっ・・・!!)

俺は内心舌打ちをすると、女を担ぎ上げ塀を登り、そのまま屯所まで逃げたのだった。



* * * *



「・・・おや、まぁ・・・・・・」

どうして俺はこうも、間が悪いのだろう・・・。
自分の運の無さに、つくづく嫌気がさす。

侵入に失敗するという失態を犯し、這々(ほうほう)の体(てい)で屯所に逃げ帰った俺が、
一番最初に鉢合わせたのは、事もあろうに、あの沖田さんだった・・・。

俺と担いでいる女を交互に見つめ、にやりとした嫌な笑みを浮かべてきた。

「なぁんだ。山崎君てば、標的の屋敷に忍び込むって言ってたけど、本当はこの子と何してたのさ?」

「は!?・・・沖田さん!?何を言って・・・!!」

顔が熱くなるのを自覚しつつも、俺は必死に抗議した。
いつも不真面目な態度の自分の事は棚に上げ、まるで俺が大切な新選組の任務を蔑(ないがし)ろにして、
この女と遊んでいたかの言い様に、憤慨(ふんがい)どころかキレそうになる。

「あははは・・・、嫌だなぁ、冗談に決まってるじゃない」

冗談なら笑える様なものを言え!!
そう言いたいのを堪(こら)え、俺はふと、未だ娘を抱えている自分に気付いた。

「あっと・・・乱暴に扱って、悪かったな・・・」

そっと女を下ろすと、女は直ぐさま深々と頭を下げてきた。

「いいえ・・・。お助けいただき、ありがとうございました・・・」

「いや・・・」

俺は言葉を濁す。
別にこの女を助ける為にしたわけじゃない。
どうしたものか困惑するが、とにかく副長へ報告しにいかねばならない。

「悪いが・・・あんたにも付いてきてもらうぞ」

「はい・・・」

不安そうにこちらを見上げる女の顔を正面から見つめ、俺は一瞬息を飲んだ。
白くきめ細やかな肌に、切れ長の潤んだ瞳・・・。
清楚でまるで淑(しと)やかに咲く、百合の花の様な美しい顔をしていた・・。

ついさっきまでこの娘を邪魔者扱いし、あまつさえ始末しようとすら考えていた事を棚に上げ、俺の心臓は騒ぎ出す。
全く、沖田さんの事を言えたもんじゃない・・・。

「・・・あの・・・?」

突然硬直した俺を、娘は細い眉をしかめて心配そうに見上げる。

「何でもない。行くぞ」

意図的に無愛想に言い放つと、俺は娘の返事も聞かずに歩き出した。



* * * *


副長の自室に入るなり、俺は平身低頭するしかなかった。
商家に侵入することもままならず、捜索する事も叶わず、あまつさえもう少しで見つかる所だった・・・。
もし捕縛でもされたものなら、新選組にまで危険が及ぶ可能性があった。
全くもって、俺の失態だ・・・。

しかし、報告を聞いた土方副長は、激高する事無く静かに俺を労(ねぎら)ってくださった。

「いや・・・お前が無事で良かった。
 顔や姿を見られたり、何か新選組に関するものを、証拠として残してはないな?」

「はい!!その辺は抜かりありません!!」

俺ははっきり、堂々と答えた。
仮に捕らえられる事があれば、全てを闇に葬る為に、無言で自害する覚悟だ。

俺の鼻息荒い返答に、土方さんは半ば呆れた様に苦笑した。

「分かった。別にお前の能力や忠信(ちゅうしん)を、疑ったり何ぞしてねぇよ。
 ・・・・・・所で・・・」

土方さんが、俺の隣にちょこんと座っている娘に、鋭い視線を向ける。

「・・・あんたは何者だ?」

眼光鋭い新選組の鬼副長に問われ、娘は少し怯えた表情で俺を見上げてきた。
だが直(す)ぐさま俺は視線を逸らし、知らん振りを決め込んだ。

忍者の三禁、「酒」「欲」「色」。

この娘の正体を、俺も知らない。
多少惹かれるとは言え、敵か味方かもしれぬ女を、俺は表立って庇(かば)う気はない。
もし、新選組に仇(あだ)を成す様なものなら、容赦はしない。

そう思っていた矢先、突然俺の袖がくいっと引っ張られた。
不審に思ってちらりと見やると、潤んだ瞳でこちらを見つめ、縋(すが)る様に娘が俺の袖を摘(つま)んでいた・・・。

(・・・・・・冗談だろ・・・・・・)

俺は頭を抱え込みたくなった。
別に俺には娘を擁護すべき義務などない。
したがって、彼女に頼りにされた所で、何もしてやる気もない。

無下に振り払おうとしたが、救いを求める捨て猫の様な、傷付いた痛々しい瞳で見つめられると、
庇護意識が刺激されて、意思が揺れ動いてしまう・・・。

「・・・何も後ろめたい事がなければ、包み隠さず話せば良い。
 別に俺達は、理由もなしにあんたを害しよう何て考えてはいない。
 まずは、あんたが一体誰で、あの屋敷にどうやって入り込んで何をして、どうして追われていたのかを話してくれ」

仕方なく助け舟を出してやると、いつになく饒舌な俺に、土方さんは一瞬驚いた様な表情を見せたが、
直ぐににやりとした笑みを浮かべた。

(・・・ああ・・・土方さんまで、変な誤解をしそうだな・・・)

内心溜め息をついた俺に、娘は驚きの発言をした。

「・・・あの・・・私は忍び込んだりなんかしてません」

「・・・?じゃあ、潜入してたのか?誰の差し金だ?」

「・・・差し金?いいえ・・・。そんなものありません」

「じゃあ一体・・・」

困惑する俺と土方さんに向け、再び娘は驚きの発言をした。

「私の名前は、伊勢(いせ)華(はな)です。
 あの、貴方が忍び込んでいらっしゃった屋敷、伊勢屋の娘です」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
はぁあああぁぁあぁ!?








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