とある鬼の昔話

□桜花
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これは、とある人を愛した鬼の昔話・・・・・。



* * * *



今年で十七になった桜は、長い黒髪は艶を帯びて輝き、白い肌はきめ細かく、
澄んだ深紅の瞳を持つ美しい娘だった。

母を幼くしてなくし、年端もいかぬ妹と厳格な父と共に暮らしていた。
父が東の一族の頭首と言う事で、桜の身の回りの世話も全てが管理されている。

規律を守る、掟を守る事が全ての厳しい社会。
息苦しくてたまらない。

そう、桜は鬼の一族の娘だった。

高貴な血筋の女鬼は貴重だということで、何かにつけ監視が伴う。
勝手に鬼の一族の存命を託され、自分を腫れ物のように扱うこの里が本当に窮屈で、桜は大嫌いだった。

ある日、年の近い妹の護衛役の少年に協力を頼み込み、
屋敷の屋根にかかった大木の枝を器用に伝い、桜はそっと里を抜け出した。

季節は春。
暖かい陽の光の中、あらゆる生き物が生命を謳歌している季節。

桜も自由を、開放感を堪能した。
今日は日差しが少しきつく、日向で動けばすぐに汗ばむ。

ふと水音に気付き、桜は近くに小川が流れているのを見つけた。
白い足を川の流れに放り込み、暖かな日差しと冷たく柔らかい水の感触に触れると、
心地よさを感じ、桜のささくれ立った心を満たしていく。
満ち足りた想いに耽(ふけ)っていると、人の気配が森の奥からした。

数人の若い侍がこちらにやって来たのだ。

その侍達は、人気のない山でうら若き年頃の美しい娘がしどけなく白い足をさらし、
一人水辺で戯れている姿を見つけ、獣の様な表情を見せた。
ざっと桜を取り囲む様に男達が、色欲に満ちた笑みを浮かべ、それぞれが桜の体を不躾に掴もうと手を伸ばす。

その瞬間、己の危機に鬼の性が目覚め、桜は助走もなく包囲している男達の頭上を飛び越した。

「この女・・・・!まさか、鬼か!?」

桜が鬼と気付き、身を翻し逃げる桜を侍達が追う。
その目は悍(おぞ)ましいほどの狂気で、卑猥(ひわい)な悦びに満ちていた。

桜は全力で駆け森に入り、木々の間をすり抜け、侍達を巻こうとしたが、
髪を結んでいた組紐が枝に引っかかってしまった。
頭を縫い止められ身動きできず、あわてて組紐を外そうとした所、新手の若い侍が立ちはだかった。

桜の深紅に燃える瞳に驚いた様子の若い侍に向け、桜は持っていた匕首を抜き、必死に振り回す。
しかし、若い侍に傷一つ負わす事も出来ず、男にいとも簡単に匕首を奪われた。
そして、その若い男に桜は肩をつかまれ、その首元に奪われた匕首が迫った。

桜が「斬られる!!」と目をぎゅっと瞑ると、小枝が斬られる乾いた音がし、頭が軽くなった。

唖然とする桜の手を引き、男は桜を大きな桜の木の陰に追いやった。
何をする気だと身構えたが、男はしいっと唇に指を当てて、静かにするよう指示する。

すぐに荒々しい男達の声が聞こえた。
桜は身をすくめ、息を殺して木の根元に踞(うずくま)る。

その反対側に佇む若い侍に、やってきた男達が敵意むき出しで、粗暴な声をかけた。

「おお、お前は夏目だな。こんな所で何をしている」

「ああ?・・・うるせーな、稽古に飽きて、逃げ出していた所だよ」

夏目と呼ばれた若い侍は、鬱陶しそうに答える。

「ちゃんと道場に顔を出せよ。今ではお前は俺たちの中では一番強いかもしれないが、
 そのうち俺たちに追い抜かれるぞ」

「なら、当分さぼっても大丈夫だな」

「何を!?」

気色ばむ男達。
その殺気に似た怒気を、夏目は飄々(ひょうひょう)とした表情で見つめる。
その冷静さが腹立たしいようで、男達は思わずその手を刀の柄に掛けた。

しかし、男達の中の一人が小声でなんとか取りなす。

「いいから、今は鬼を追え。
 こいつを出し抜く絶好の機会だ」

「ああ、そうだな」

その一言に溜飲を下げたのか、夏目を侮蔑したような嫌な笑みを残し、男達はさっといなくなった。

男達の気配が完全に遠ざかってから、夏目は動いた。

「・・・・・・よし、もう大丈夫だな。待ってろよ」

そう言って、夏目は桜の側にしゃがみ込み、組紐に未だ絡まった小枝を、
不器用な手つきで丁寧に取り除いてくれた。

近づけて来たその顔は端正で、それでいて意志の強い光を秘めた目をしていた。

「私は・・・・鬼ですよ??・・・・恐ろしくはないのですか?」

「ん?まあ、綺麗だなぁとは思うが、別に恐ろしいとは思わんな」

闊達に笑うと、夏目は取り除いた枝を放って、すっと立ち上がり桜に手を差し伸べて来た。

一瞬躊躇するも、優しい笑顔につられ、桜は思わず手を出す。
大きくて温かい手にぐいっと引っ張られ、ふわりと立ち上がる。

「さて、どうするかなぁ・・・・・。お前、一人でちゃんと家へ帰れるか?」

桜はこくりと頷く。

「そうか。良かった。
 送っていってやりてぇのは山々なんだが、俺も鬼に見つかると、厄介な事になるからなぁ」

さほど困った様子でもなく、若い侍は明るく笑った。

「まぁ、気をつけて帰れよ」

そう言って、去ろうとする。

そして、ふと何かを思い出したように、桜に振り向いた。

「おっと、俺は銀。 夏目銀だ。あんたは?」

困惑したように押し黙る桜。
だが、銀の人懐っこい穏やかな笑みに、心が動いた。

「桜・・・・」

その名を聞いて、銀の笑みが輝いた。

「さくら・・・・良い名だ。俺も桜が大好きだ」

その一言に、みるみる桜は赤面し、逃げるように去った。



* * * *



里に帰ってから自室にこもり、桜は独り憤慨していた。

「俺も桜が大好きだ」

出会ったばかりなのにいきなり告白するなど、なんと軽薄な男だろうと。

しかし、反芻(はんすう)してみると、銀は桜の花のことを言っているのだと気付き、
桜は己の勘違いに身がねじれる程恥じた。

それでも、頭で何度も繰り返してしまう、彼の言葉・・・・・。

「俺も桜が大好きだ」

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