とある鬼の昔話

□過酷な運命
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ある日、幼い妹の梓が姉である桜の髪に、桜の花が差されているのに気付いた。
銀に差してもらったのだ。

「姉様?どうして桜の花を差してるの?」

「こ・・・これは・・・・」

「おそとへ行ってたの?梓もいきたい!いきたい!」

騒がれると不味いので、仕方なく次の日に梓も連れて、銀の元へ行った。

人である銀に逢うために、鬼である姉が里をたびたび抜け出している事実に驚いたようだったが、
幼い梓は銀の温かさにすっかり気を許し、銀も自分を兄のように慕う梓を可愛がってくれた。

桜は今までにない幸せに、心の底から喜びを感じた。
鬼の里より銀の側にいた方が、よっぽど自分らしくいられる。
幸せでいられる・・・・。

この幸せがずっとずっと続けば良いのに・・・・・。

そんな願いを、桜は毎晩のように、月に祈った。



* * * *



陰暦の八月十五日。
今日は十五夜。
仲秋の名月。

鬼の里という檻に閉じ込められ、夜は人知れず銀を想い、月に祈り続けていた桜は、
ふと、銀と一緒に満月を見たいと思った。

「夜抜け出す!?そんな事して大丈夫なのか?あまり、危ない事はするなよ」

銀は躊躇(ためら)ったが、桜は引こうとしなかった。

確かに、夜は貴重な高貴な血を受け継ぐ桜を狙った男鬼達が、桜の寝所に入り込まぬよう警備は厳しくなる。
だが、妹と一緒に寝る事にして、妹の護衛役の少年にお願いすれば大丈夫だと計画を練った。

案の定、妹と布団に入り込むと警備の手が緩み、まんまと桜は里を抜け出す事に成功した。

夜に銀と逢うのは初めてである。

銀と一緒に美しい満月を眺めていたい・・・・。
夜が明けるまで、一緒にいたい・・・・。
本当は、ずっとずっと・・・・一緒にいたい・・・・。

それが叶わぬ願いだと知っているからこそ、桜は月に祈るのだ。

銀は人であり、自分は鬼・・・・・。
取り除く事の出来ない、大きな血の壁。
いっそ自分の血を全て抜き、銀の血をこの体に流し込む事が出来たら・・・・・

はっと我に返ると、そう思う自分はやはり残忍な鬼なのだと思い知り、桜は慄然とするのだった。



* * * *



いつもの桜の木の下で、銀は桜を待っていてくれた。

青白い月明かりの中、凛と佇む銀の姿は、桜が今まで見た事がないくらい、美しかった。
一方、静かな月光に照らされた桜も艶麗で、銀が息を飲む程だった。

しばらくお互いぎこちなく、それでも寄り添いながら、涼やかに降り注ぐ月の光を浴びていた。

「綺麗な満月ね・・・・・」

そう呟いたとたん、山肌を冷たい風が吹き撫でていき、桜は小さくくしゃみをする。
雰囲気が台無しになったと、真っ赤になる桜に、銀は思わず吹き出してしまった。

「な・・・・なによ・・・・笑う事ないじゃない・・・・」

拗ねるようにそっぽを向いた桜に、銀は黙って自分の羽織を脱ぐと桜に掛けてやる。

羽織から伝わる今まで着ていた銀の温もりと匂いに、まるで銀に包み込まれた様な気がして、桜の鼓動がどきりとする。

いつもの陽の光の様な温かく陽気な銀ではなく、今夜の銀は、どこか悠然としていて桜の心は掻き乱されていく。

「あ・・・・ありがとう・・・・」

礼を呟く桜に、思いのほか銀の顔が近づく。
満月に照らされた桜の顔は美しく可憐で、銀は引き込まれた。
桜も銀の端正な顔が近づくにつれ、心から温かな想いが溢れそうになる。
銀がその艶(つや)やかな桜の頬に手を添えると、そのまま二人は目を閉じ、唇を逢わせた。

このとき、お互いが持つ恋心に二人はようやく気付いた・・・・。


* * * *


桜も十八となり、ある男鬼の元へ嫁ぐ事が決まった。

桜は女鬼の役目として、必ず子を産み落とすよう、何度も何度も子供の頃から、
暗示をかけられるように教え込まれた。

ただ、子供を産むためだけに。
鬼の血脈を守るためだけに。

そのためだけに自分は生かされているのだと思うと、自分の体が嫌いでならなかった。
鬼の里が憎くてたまらなかった。
この、鬼の里さえなければ、自分は銀といつまでも一緒にいられるのに。

そう思ってしまった。

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