沖田総司
□芽生え
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初めて会った時は・・・・普通に可愛らしい子だなぁって思っただけだった・・・・。
二度目に会った時は・・・・美しくも恐ろしい修羅だった・・・・・・。
そして、その後会った時は・・・・・生気を失った青白い顔の、何とも憐れな娘だった・・・・。
それから・・・・・・・・・。
* * * *
「いのりちゃん!!これなぁんだ?」
僕が小さな和紙の包みを、中庭で洗濯物を干していた、いのりちゃんの目の前に掲げてみせた。
「・・・・・・何ですか?」
きょとんとした顔で包みを見上げるいのりちゃんの瞳は、好奇心という名の光で煌めいている。
この屯所で預かる事になった当初は、大切な宮司が亡くなり神社が焼け落ち、
憔悴(しょうすい)し切っていて、正直言って見窄(みすぼ)らしく痩せこけた少年みたいだった・・・・・。
それが日を追うごとに僕たちを信頼するようになり、落ち着く場所を得て、少しずつ変わってきた・・・・・。
大きくて潤んだ瞳は瑞々しい光彩を放ち、頬は血色も良く艶やかで、とても生き生きしている。
「ふふん・・・・・さっき外に出た時買ってきたんだ」
僕が勿体ぶると、更にいのりちゃんは身を乗り出してくる。
「何を買ってこられたんですか??」
「ん〜〜〜何だと思う??」
「えっと・・・・甘いものですか?」
「さぁ〜〜〜?」
「じゃあ・・・・えっと・・・・・酸っぱいものとか??」
「う〜〜ん、どうかなぁ〜〜〜〜?」
「じゃあ、何ですか?」
「教えて欲しい?」
「もう!意地悪しないで教えてください!!」
軽く僕を睨むけど、身長差のお陰でどうしても上目遣いになる。
可愛いだけで僕はちっとも堪(こた)えない。
でも、このまま揶揄(からか)い続けると、本当に怒ってしまうからこの辺りが潮時かな・・・・・。
大体いのりちゃんの沸点が、どこかが分かってきたからね。
「金平糖だよ」
「金平糖!?」
嬉しそうに笑顔を輝かせるいのりちゃんに、僕は一層(いっそう)意地悪をしたくなる。
「別に、僕はあげるなんて一言も言ってないけど?」
「あ・・・・・・」
しおしおと笑顔がしぼんでいく。
この素直な反応が楽しくて仕方ない。
いのりちゃんは本当に甘いものが好きなんだ。
幸せな気持ちになるんだって。
まぁ、気持ちは分かるけど。
「欲しい??」
僕がその一言を発すると、一瞬いのりちゃんの見えない耳としっぽがぴょこんと跳ねる。
「欲しいですけど・・・・・・」
もじもじと遠慮がちにねだる、いのりちゃんの仕草が面白い・・・・・。
「あげても良いよ」
「本当ですか!?」
「僕から取る事ができたらね」
「え?」
また意地悪しちゃったな。
でも、仕方ないよ。
面白いいのりちゃんが悪いんだ。
僕は身長差を利用して、金平糖の入った包みを摘んで、いのりちゃんの頭上高くへ掲げる。
勿論ちょっと手を伸ばしたくらいじゃ、いのりちゃんの手は届かない。
ニヤニヤ笑っている僕の顔から、自分が意地悪されているのだと気付いたいのりちゃんは、
ムキになって包みに向って手を伸ばして飛び上がる。
はははは・・・・・猫じゃらしで遊ばれている猫みたいだ。
僕はわざと手を下ろしてあげたり、背伸びをしたり、包みを左右に振ったりして冷やかすと、
どんどんいのりちゃんは意地になって、包みを僕から奪い取ろうと頑張る。
僕たちの側でそれぞれくつろいでいた、一君や左之さん達が、半ば呆れた様子でこちらを見ている。
「おい、総司。もうそれくらいにしてやれよ。いのりがかわいそうじゃねーか」
お節介な平助が口を挟んだ瞬間、いのりちゃんがえいっという掛け声と共に、思い切り飛び上がった。
とたんに体の均衡を崩して、僕にぶつかってきた。
その時ちょうど、僕は背伸びをしていたところだったから、僕もそのまま蹌踉(よろ)けて、
いのりちゃんと共に後ろへ倒れてしまった。
「おいおい、大丈夫か??」
自業自得だと言わんばかりの、半笑いの響きで皆が声を掛けてくる。
いのりちゃんは僕の上に倒れ込んできたし、僕も受け身を取ったからお互い怪我はない筈だ。
意地悪しすぎたかな、と少し反省しつつ起き上がろうとすると、倒れたはずみで手放した金平糖の包みが、
僕の頭の向こうに転がっているのにいのりちゃんが気付いた。
咄嗟に僕の上に乗ったまま、いのりちゃんが手を伸ばす・・・・。
とたんに僕の視界は真っ暗になり、柔らかな二つの膨らみの感触で僕の顔は圧迫された。
(え・・・・・・・??)
「やった!!取りましたよ!!」
はしゃぐいのりちゃんの声が、遠くに聞こえたと同時に、僕の顔を圧迫させているものが何かを悟った。
甘い香りを胸一杯に吸い込んでしまい、僕はあまりの息苦しさに、慌てふためく。
「ちょ・・・・・ちょっと待って!待って!!」
珍しく狼狽してしまった。
僕は動転しながらも両手でいのりちゃんの腕を掴み、体を離した。
「あ、ご・・・・ごめんなさい!!」
金平糖を取り上げる事に夢中になりすぎて、新選組幹部たる僕を押し倒してしまった事に、今頃気付いたみたい。
恐縮するいのりちゃんに対して、動揺させられた腹いせに、また僕は意地悪をする。
「別に怪我もないし、大丈夫だよ。それに・・・・・」
「それに・・・・・?」
「しっかり育ってるみたいで安心したよ」
「・・・・・そうですか?」
「うん、そこが」
そう言って僕がいのりちゃんの胸元を指差すと、周りにいた一君達が固まった。
意味が分からず一瞬きょとんとしたいのりちゃんだったけど、
男達の目線が自分の胸に集中しているのに気付き、ようやく僕の言った意味が分かったみたい。
「お・・・・・・・・沖田さんの馬鹿ぁあ!!」
皆の視線に耐えきれず、耳まで真っ赤になったいのりちゃんは、
金平糖を丸ごと持って逃げ去ってしまった。
あ・・・・・しまった。僕の分まで持ってかれちゃった・・・・・・。
ちょっと意地悪しすぎたかな・・・・・・。
「おい、総司!!」
見かねた平助が少し赤面しつつ、詰(なじ)るように僕に詰め寄ってきた。
そんな平助を押しのけて、左之さんと新八さんが興味津々の態(てい)で聞いてくる。
「で?どんな感じだった??」
「ん〜〜〜〜?柔らかくって、気持ちよかったよ」
冷静さを取り戻して僕が答えると、新八さんが感慨深い表情で頷く。
「ほほ〜〜。まだまだ成長過程だからな。この先どんどん女らしくなってくんだろうなぁ」
「何だよ新八。娘を持つ親父みてぇだぜ」
「新八っつぁん!!何、助平な目で いのりを見てんだよ!!いやらしいなぁ!!」
「助平なのは平助の方だろ?俺は純粋にいのりちゃんの成長を喜んで・・・・・」
和気あいあいと盛り上がっていると、刺す様な視線を背中に感じた。
肩をすくめて振り返ると、案の定一君が鋭い目で睨んでる。
一君は真面目だからなぁ・・・・・。
「何?一君」
渋々僕は、何か言いたげな一君に声をかけた。
「・・・・・あまり、いのりを揶揄(からか)うな」
少し不機嫌そうに僕を諌(いさ)める一君に、僕の悪戯心がまた疼(うず)く。
「あれ??一君。ひょっとして・・・・・悋気(りんき)??」
「・・・・しらん・・・・」
一君は不機嫌な表情のまま、どこかへ行ってしまった。
* * * *