沖田総司

□沖田さんと巡察
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「いのりちゃんあ〜そ〜ぼ〜」

やけに明るい声が聞こえた。
振り返ると、沖田さんが障子からひょっこり頭を出して、こっちを覗いている。
私は目を細めて、冷たく言い放った。

「・・・・・仕事中ですから」

そんな私の不機嫌な態度を気にも掛けず、沖田さんはニコニコ笑いながら部屋に入ってくる。

「ここは土方さんの部屋なんだから、土方さんにやらせれば良いでしょ?」

「その土方さんのお部屋を、汚したのは一体誰ですか?」

溜め息混じりに沖田さんを睨むと、沖田さんはふいっとそっぽを向いた。

「だって、土方さんが悪いんだよ。僕の事、羽交い締めにしようとしたんだから」

「それは、沖田さんが土方さんの発句帳を、勝手に持ち出そうとしたからでしょう?」

呆れた様に私が非難すると、沖田さんは本当にむくれてしまった。

そう、沖田さんが土方さんの発句帳を持ち出そうとして見つかり、二人で揉み合いになっているうちに、
硯(すずり)を蹴っ飛ばし、畳が墨だらけになってしまったのだ。

まるで子供みたい。
呆れつつ、つい笑みがこぼれてしまった。

ちらりと笑った私を横目で盗み見た沖田さんは、私が本気で怒っている訳ではないと気付いたようで、表情を和らげた。

「ね?終わった?」

どうせなら手伝ってくれたら良いのに・・・と思いつつ畳を見渡すと、何とか目立たない程には綺麗になった。

「そうですね・・・・・後は、桶と雑巾を片付けて・・・・・」

「そんなの良いから、行こ、行こ!!」

そう言って、沖田さんは私の手から雑巾をもぎ取って、真っ黒な水が入った桶に放り込み、
そのまま私の手を引いて、部屋の外へと引っ張った。

「え・・・・あの!沖田さん!!片付けないと!!」

「良いから良いから。それぐらい土方さんがやるでしょ」

「駄目ですってば!」

「今日はいい天気だよ」

沖田さんは私の言葉など、聞く耳持たず、外に出た。
確かに、今日は清々しい程に、雲もなく晴れ渡った空が広がっている。

空が高い・・・・・。
風も乾いていて、吹き抜ける度に、髪や袂を軽くはためかせる。
洗濯物がよく乾きそう・・・・。

顔をほころばせた私の様子を見て、沖田さんは嬉しそうに笑った。

「さ、どこへ行こうか」

でも、すぐに一番隊の隊士さんに呼び止められてしまった。

「沖田組長、そろそろ巡察のお時間ですが・・・・・」

「はぁ・・・・・もう、そんな時間?」

沖田さんが明らかに不満そうな声を上げる。
声をかけて来た隊士さんは、そんな沖田さんの反応に慣れているのか、苦笑しつつ新選組の羽織を差し出す。

隊務を疎かにする気はないようで、沖田さんは渋々ながら手渡された、浅葱色の羽織に袖を通した。
そしてふと、何かを思いついた様に、にやりと笑って私に振り返ってきた。

何だか嫌な予感がする・・・・・。

「そうだ、いのりちゃんも一緒に行こうよ」

「・・・・何でですか・・・・?」

「ほら、一緒に行ったら、巡察も出来るし、いのりちゃんと市中散策も出来るし、一石二鳥だ」

沖田さんは自分の提案に満足そうに頷くと、私の返事も聞かずに再び私の手を取ると歩き始めた。

「ちょ・・・・ちょっと待ってください!私なんかが一緒だと、ご迷惑に・・・・」

助けを求めて隊士さんの方をちらりと見たけど、諦めてくださいと言わんばかりに、半笑い。

こうして、私は沖田さんの巡察に付いていく事になってしまった・・・・。

・・・・・土方さん、置きっぱなしの桶と雑巾を見て、怒り狂うだろうなぁ・・・・・。
後で沖田さんも一緒に怒られてもらっちゃおう。
ちゃっかりそう考えて、私は腹をくくった。


* * * *


でも、すぐに後悔した。
巡察に同行する事にじゃなく・・・・。

平時の私は、動きやすい様にと、巫女の時と同じ様に袴を履いている。
髪も逃亡生活を続けていたため、自分で結い上げる事が出来ず、首元で括(くく)ってあるだけ。
さすがに町へお使いに出かける時は、袴ではなくちゃんと明るい色の小袖に着替えている。

なのに、今日はそのまま沖田さんに引っ張り出されたため、着替える事が出来なかった。
一応新選組の羽織を纏っているものの、何だか行き交う人の視線が痛い・・・・・。
もしかして、変な子だと思われているかも・・・・。

それもそうだろうと、自分でも思ってしまう。
年頃の娘が、きちんと髪を結い上げもせず、袴を履いて、新選組の巡察に付いて行ってるんだから。

私は堪(たま)らず小走りで沖田さんの側に行くと、小声で話しかけた。

「沖田さん・・・・あの・・・・やっぱり・・・・・」

「あ、いのりちゃん、不審人物見つけた?」

「いえ・・・・・違います・・・・」

沖田さんは、周りから降り注がれる視線を気にする様子もなく、いつも通りの調子だ。

何を言っても、きっと無駄だろうな・・・・。

飄々とした表情の沖田さんを見ていると、自分が気にし過ぎなのだろうかとさえ思ってしまう。
そう思うと、なんだかどうでも良くなってきた。

「いのりは総司達に感化されつつある。気をつけろ」

土方さんや斎藤さんにそう注意を受けたけど、何だかもう遅い気がする・・・・・。

一応巡察についてきているのだから、少しは御手伝いしようと、沖田さんに質問してみた。

「沖田さん、不審人物ってどういった人ですか?」

「そうだねぇ・・・・人目を気にして、挙動不審で、変な格好してる人」

「・・・・・それって、私の事ですか・・・・・??」

私がじろりと沖田さんを上目遣いで睨むと、軽やかに笑い声を上げた。

「あ、本当だ、ここに不審人物が居た」

・・・・巡察ってこんなので良いのかしら・・・・?
思わず不安になってしまう。

と、いきなり私の足下に、土煙とともに人が倒れ込んで来た。
びっくりして一瞬飛び退いてしまった。

でも、鼻から盛大に血を流している男の人の顔を見たら、放っては置けない。
慌てて倒れている男の人を抱き起こすと、もう一人の男の人が奥の店からふらりと姿を現す。

どうやら、この二人、店の中で喧嘩をしていたみたい。

店から出て来た男の人は口汚く罵り、一方的に倒れた男の人を殴りつけて来た。
抱き起こしていた私も、一緒になって地面に倒れ込む。

隊士の皆さんがざっと、その男の人を取り囲んだ。

「いのりちゃん、大丈夫?」

「あ・・・・はい。大丈夫です・・・・」

尻餅をついた私の腕を引っ張り上げてくれた沖田さんの目に、もの凄い殺意が込められている。
人の気配に疎い私でさえ、思わずびくりと体をすくませてしまう程の・・・・。

「うるしぇえ!あんだぁ〜〜〜このやりょ〜〜〜」

新選組の隊士さん達に囲まれているのにも関わらず、殴り掛かって来た男の人は顔を赤く染め、
おぼつかない足取りで、隊士さん一人一人に悪態をつき回っている。

言葉が不明瞭で意味不明・・・・。
迷惑な事に、相当酔っぱらっているみたい。

私の袴に付いた土埃を、丁寧にはたき落としてくれた沖田さんは、
剣呑な雰囲気のまま、取り囲まれている男の人の方に、ゆらりと近付いた。

隊士さん達の輪を割って入って来た沖田さんを見て、いかにも側にいる隊士さん達より格上だと気付いた男の人は、
酒の勢いも手伝って、沖田さんに食って掛かろうとした。

周囲の隊士さん達は、それぞれ呆れた顔をして、男の人の不幸を憐れんでいる。

「お・・・・沖田さん、穏便に・・・・!!」

殴られた男の人に懐の手拭いを手渡しながら、私が声をかけると、沖田さんは背中でその声を弾いた。
沖田さんの背中から、闘気がゆらゆらと吹き出している様に見えて、私は慄然とする。

それにも気付かず、悪態をついていた男の人が、沖田さんの平然とした反応に業を煮やしたのか、
無謀にもいきなりつかみかかろうとした。

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