月桜鬼 第一部

□美月神社
1ページ/4ページ

出会いからの続き


同日の夕刻、宮司といのりが昨夜の礼をしたいと、手土産を持ち屯所を訪れた。
案内役の隊士に続き、事前に話を聞いていた近藤と土方が待つ部屋へと通される。

「失礼致します・・・・・」

頭を下げる宮司とその隣に居る娘に、土方は鋭い視線を向ける。
宮司は三十代半ばの線は細いが長身で、誠実そうな人柄に見えた。
いのりを見つめる目は優しく、大切に思っているのがよくわかった。

挨拶を終え、さてどこから話そうかと思案していた土方に、宮司はまた丁寧に頭を下げた。

「この度は、暴漢から我が社の巫女を守っていただいたそうで、本当に有り難うございました。感謝しております。」

いや・・・・・と近藤は曖昧(あいまい)な返事をする。

ここにいる中で、その件の当事者はいのりだけであり、後の三人はただ報告を耳にしただけで、話はぎこちない。
その当のいのりは落ち着かない様で、宮司の斜め後ろにちょこんと控え、
ちらちらと宮司の様子をを盗み見るだけで、こちらも見る事も口を開こうともしない。

沖田達の報告を聞く限り、暴漢は第三者の手によりあり得ない力で殺害されたという。
土方としては、アレとの関連も含めて色々聞き出したいところだが、どこまで踏み込んで良いものか悩む。
もし、この二人が無関係であれば、無闇にアレの話をすのは不味いことになる。

そんな土方の様子を察したのか、宮司は持って来た甘味をすぐに出すよういのりに指示した。
宮司と離れる事に、一瞬不安そうな顔で見上げたいのりだったが、
宮司の安心を促す様な笑顔に、少し強張った笑みを覗かせて頷いた。

いのりが甘味を持って案内役の平隊士とともに勝手場へ席を外した隙に、
宮司が近藤と土方に改めて向き直り、頭を下げた。

「・・・このような事をお頼みするのも、筋違いでしょうが・・・・
 もし今後、自分の身に何かありましたら、いのりをよろしくお願いします」

宮司の切実な、そして切羽詰まった様子に土方は眉をひそめる。
やはりこの宮司は、アレとなにか関わりがあるのだろうか。

「何か身に覚えがあるのか?宮司殿は、今回の件の下手人をご存知なのか?」

土方が鋭く問うと、宮司は苦しそうな表情で考え込んでしまった。
そしてようやく意を決したのか、顔を上げて近藤と土方を聡明そうな琥珀色の瞳で順に見つめ、重々しく口を開く。

「・・・どこぞの誰が、あの様な凶行を何故、どのように行ったか・・・。
 詳しい事は私にも分かりません・・・。
 ただ・・・あの子に危険が迫っている事は分かります。
 ・・・あの子は・・・両親は既(すで)に亡く、身よりもありません。
 私がいなくなっては、もうあの子を守ってやれる人がいなくなってしまいます。」

戸惑(とまど)いがちに近藤が口を挟む。

「失礼ながら、宮司殿のご息女か何かでは・・・」

「いいえ、私は行き倒れていたあの子を拾ったのです。
 同じような業(ごう)を背負った者として、放ってはおけなかったのです。
 しかし、今では娘同然の大切な子です。
 何とぞ・・・よろしくお願いします」

「・・・何か訳があるのですな・・・。
 まぁ、私たち新選組の役目は京の民を守る事。
 できうる限りの事はいたします。ご安心召されよ」

そんな単純な話では無いだろう。
土方は宮司の、何かを含んだ様な物言いに不信感を露にした。

(・・・・・何か隠してやがる・・・・・)

単なる直感だ。
だが、確信に似た直感だった。
素直に笑顔で返す近藤に土方が何か言いかけると、障子の外からいのりの声がした。

慌て宮司が居住まいを正すと、三人とも何も無かったように少女を部屋へ招き入れる。
いのりが席を外した時に話すと言う事は、彼女に知られずに事を済ませたいということだ。
近藤と土方は宮司の意図をすぐさま理解した。

そしてその後は先ほどの件には一切触れず、宮司とたわいない世間話に花を咲かせ、二人は神社へと帰って行った。
結局、少女は何も語らず目も合わせず、顔を伏せてそっと宮司に寄り添うだけだった・・・。

「きな臭ぇな・・・・・」

「どうした?歳」

眉をしかめる土方に、近藤は小首を傾げる。

「・・・・あんたは何も感じなかったのか?」

「・・・そうだな・・・。宮司殿もあの少女も、何やら人と違う、相当な苦労しているように見えたな」

「・・・・・・・・」

的外れな近藤の返答に、土方は脱力した。
だがこの近藤の洞察は、正鵠(せいこく)を得ていたのだった。


* * * *


夜になり布団に入った近藤は、話の間宮司の陰に隠れるように座り
宮司をにこやかに見つめていた、少女の姿を思い出していた。

本当に彼を信頼して、慕っているのだろう。
里に残して来た幼い娘と姿が冠(かぶ)る・・・・。

「元気にしているだろうか・・・・・」

微かにうずく胸の痛みを抱え、近藤は目を閉じた。

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ