月桜鬼 第一部

□暁闇(ぎょうあん)の夢
1ページ/4ページ

山南はあの、軟禁されている少女に不審を抱いていた。
いのりの正体にではない。
それにも興味はあるが、書籍を読む早さが尋常ではなかったのだ。
毎日毎日、見張りの者から本を返却され、すぐに新しい本を求められるのだ。

本当に読んでいるのかと訝(いぶか)しがり、いのりの部屋を訪ねて色々質問したところ、すらすらと淀(よど)みなく答え、
あまつさえ冒頭の部分を諳(そら)んじてみせた・・・・・。


* * * *


「・・・・・彼女の記憶の良さは、常軌を逸していますね」

半ば呆れたように山南は苦笑する。
いのりの見張りをしている沖田達を集めて、改めてあの少女の処遇について話し合っているところだった。

「・・・・・その記憶の良さは、やはり間者としては良い資質なんじゃねぇか?」

「でも土方さん、あの子、一君の名前あっさり間違えましたからね」

沖田が出逢った頃を思い出し、いきなり笑い出した。

「そうそう、『さとうさん』とか言ってたよな」

つられて原田も思い出し、斎藤を一瞥(いちべつ)して吹き出した。
他の幹部達もその状況を想像し、破顔する。
当の斎藤は不機嫌そうに黙っていた。

ふいに皆の話を黙って聞いていた近藤が、静かに口を開いた。

「もういいんじゃないか? 歳。
 夏目君は何の罪を犯した訳でもなし、どちらかというと、お前達が命を救われた方だろう?」

「別にあの子がいなくても、僕や一君もいたんですからあの化物を充分倒せましたよ。」

少しムッとした表情で沖田が横から口を挟む。
機嫌を損ねた沖田を笑って宥めると、近藤はまた土方に向き合った。

「間者の様でもなし、ただの娘さんじゃないか」

「近藤さんはあの娘のあの姿を見てねぇから、そんなことを言えるんだよ」

土方は溜め息と共に重苦しい言葉を吐き出した。

土方と沖田、斎藤の三人しか見ていないのだ。
あの夜・・・・・・。
煌煌(こうこう)と燃え上がる神社の炎の中、華麗に舞って化物を斬ってみせた、
美しい桜色の髪をした娘の姿を・・・・・。

元々幽霊だの妖怪だの、眉唾物の類(たぐい)を土方は信じる質(たち)ではない。
だが、この目で見たものは信じる。
アレの時もそうだった。
この目で見たからこそ信じた。

「だがあれ以来、姿が変わったところはないのだろう?」

近藤がぐるりと皆を見渡したが、誰一人少女の姿が変わったところを見た者はいなかった。

「山崎、お前はずっとあの娘を見ていて、何か変わったところはなかったか?」

土方に指名され、ずっと幹部達の後ろに控えていた山崎は、少し躊躇(ためら)いがちに答えた。

「姿が変わったところは、私も目にしてはおりませんが・・・・」

「・・・・・・が?」

山崎の歯切れの悪さに気付き、土方は先を促す。

「どうも、普通の娘のようではない気がします・・・・」

「と、言うと?」

近藤も身を乗り出す。

「はい、まず夜は壁を背にして布団を纏(まと)い、座りながら寝ています」

「は?何だってそんな事・・・・・」

藤堂が呆れたような声を上げると、島田が生真面目に答える。

「恐らく敵の奇襲があった時、瞬時に対応できるようにだと思われます」

「何か・・・・・心得があるのか?」

土方は厳しい目で島田を見据えたが、何とも言えないとの返答だった。

「そう言えば、やけに天気を読むのが上手いよな」

藤堂がふと呟くと、斎藤も深く頷く。

「・・・・・それに・・・・・泣いているところも見た事がない・・・・・」

斎藤の静かな一言に、皆が息を飲んだ。
たった一人の身内であったはずの宮司が亡くなったというのに、
あの娘は一粒も涙を流していないのだろうか・・・・?
益々(ますます)あの娘への疑惑は増すばかりだ。

「土方さんよ、もういいんじゃねぇか?
 もうあの子は間者じゃねぇって言ってたんだし、実際それらしい素振りもねぇ。
 俺達を害する様な動向も見られねぇ。
 だったら、あの子の素性に関して追求するのは、追々(おいおい)で良いんじゃねぇか」

永倉が伸びをしながら、暢気(のんき)にそう主張する。
何を気楽に・・・・と言いかけた土方だったが、
殊(こと)の外(ほか)永倉の瞳に、真摯な光が宿っているのに気付き、口を閉ざず。

「アレについて聞きてぇなら、部屋に綴じ込ませとくんじゃなくて、
ちゃんと話しやすい環境ってのを作ってやらねぇと、
いつまでたっても俺らに怯えて、ちゃんと話もできねぇと俺も思うぜ?
あの娘の正体が何であれ、中身は普通の娘のようだしな」

原田も永倉の意見に賛同するように言葉を重ねる。

「そうだねぇ・・・・・新選組だって、役立たずの穀潰(ごくつぶ)しを、長々居候(いそうろう)させるだけの余裕なんてないんだし」

沖田も溜め息まじりに呟(つぶや)く。

「もう私も貸してあげられるような書籍がありませんし」

苦笑気味に山南も続く。

「全く・・・・・お前ぇらは甘ぇんだよ」

じろりと辺りを睨(にら)んだが、土方としても代替案(だいたいあん)もなく、
現状を維持しても事態の好転は期待できないと悟り、永倉の案を是(ぜ)とした。

ただ、監視は引き続き行うとして、一応いのりの軟禁は解け、
詳しい事情を話してもらうまでの間、新選組で下働きとして働いてもらう事となった・・・・。



*薄桜鬼夢小説rank*
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ